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結社と帝国兵のアジトの森には、先日までの静けさが嘘の様な、忙しい空気が充ち満ちていた。

昨日深夜、ようやく帝国からの援軍と人数分の防毒薬が届いたのだ。一気に士気を高めた兵達で、普段は息を潜める様な張り詰めた空気を纏っていた針葉樹林の森は、まるで息を吹き返したかの様な賑やかさの顔を見せている。

朝方、結社の隊員から呼び出されたシベルは、作戦会議の場にて驚くべき命を受ける事になる。

「お、・・・俺が、先鋒隊に?」

奥の席に座って腕を組むマーヴェラスは演技っぽくすら見える熱の籠もった頷きを見せ、その隣、帝国兵の総指揮官ベロニカは狼狽するシベルを見据えて口を開いた。

「何も貴様が戦力になるとは思っていない。そこの狼が突破口を開く。勘違いするな。

チャーチは、帝国から横流しされた情報で立ち上げたネクロマンサー兵とその下のアンデッド兵を前線に置いて防備を固める筈だ・・・例の毒花の兵器が完成していれば、な」

「我が方には防毒薬があるとは言え、一人につき一瓶、12時間しか効果はないのだ。真っ正面から、しかも短期決戦で挑むしかない。

毒花の兵器はアンデッドには効果が無い、との情報を帝国の・・・ネクロマンサー協会のノイエス殿からの文書で知った。しかし我が方にはアンデッドは居ないのだ。短期で挑むには些か不利な状況・・・、

そこで!唯一のアンデッド・・・土に還るべきだが今はそれはそれな存在・・・君の同志、その心優しき狼に先鋒を切って貰いたいのだ!!」

大義そうな言葉を並べてマーヴェラスが演説。シベルは固まる。最前線に、コロと立って相手の防壁を貫く。初めて戦争なぞというものに巻き込まれ、実戦経験も浅い自分が、まさか先鋒を。恐怖と戸惑いと武者震いとが同時に来て、シベルは只こくこくと頷くしかできなかった。

毒花の兵器。偵察の斥候が言うには、既に完成、そして配備されているらしい。また会議の席の面々が、シベルを無視して戦法の打ち合わせを始める。

シベルは「毒花の兵器」という一言が聞こえる度に、胸がむかむかする感覚を覚えた。フィンは、兵器なんかじゃない。幼くて、恐がりで、ひとりじゃなにも出来ないか弱い只のアンデッドだ。もし自分が蘇らせたりしなければ、平和に眠る事が出来たかもしれない存在・・・、

そこまで思って、否とシベルは頭を振った。湧き上がる怒りにも似た自責の念を、脳内から追い出そうとする様に。

コロは話が分かっているのかいないのか、俯くシベルの顔を見上げて唯々じっとしていた。

 

 

チャーチ本部、あの豪奢なステンドグラスの教会のある町に続く只一本の街道の埋もれている雪原に、巨大な一軍と、その中央、巨大な鉄の塊が鎮座していた。

それは可憐な薄紅色の花咲き誇る蔦が複雑に絡まった、途轍もなく大きな鉄の筒であった。無機質で無骨で、禍々しくさえ見える鉄の筒からは、しゅうしゅうと蒸気の煙が立ち上っている。その煙がまた焔の谷の底から沸き上がる熱気を思い起こさせる。そして地の底から這い出てきた化け物染みた鉄の筒の先端、

・・・大砲の発射口には、己の身体から無理矢理萌ゆらされた長い蔦でグルグル巻きにされた小さな女の子のアンデッド。蔦は彼女自身を縛り上げ、大砲の表面を這う様に伸び、蒸気機関のある後部へと繋がっている。まるで今にも女の子を飲み込んでしまいそうな大砲の口は、彼女の身体を望まぬ形で暖め、無理矢理彼女のその力を引き出している。女の子の手には片方ずつ手枷が付けられている。

そしてその周囲に展開している、黒ずくめのファー付き軍服に黒い防毒マスク、という異形の出で立ちのチャーチ兵。彼等は自分の得物を構えて、後方に生身の兵、中衛にはネクロマンサー兵、そして先陣にはそのネクロマンサーに操られるゾンビ兵と銃砲隊、といった形で、これから攻めてくるであろう結社と帝国を迎え撃つ陣形を整えていた。

 

 

雪原はまこと美しく、きらきらと、真っ白に輝いている。

びょう、と時折吹く風に、表面の粉雪を舞わせている。それはまるで、宙を小さなダイヤの粒が舞っているかの如き美しい光景であった。

これからの、血に染まって暫くは取り戻せない輝きを今発しておこうとしているかの様に、陽の光をいっぱいに浴びて、輝き続ける、生命を拒む極低温のきらめき。

 


そして今。

連合をマーヴェラスと共に指揮する形で陣形の奥に立つベロニカは、剣をすらりと抜いた。

徐に剣を天に掲げ、存外に細い喉から張りのある鬨の声を上げた。

「全員防毒薬は飲んだな!短期決戦だ!

狼を先頭に、先鋒隊、・・・突撃!!」

瞬間、静寂に包まれていた雪原が、一斉に動き出した両陣営の怒号に空気を引き裂かれた。

 

 

防毒マスクを被った双子は、大砲の後部に陣取り、遂に始まった戦争の光景を前に、ただ、じっと立って身動きひとつしなかった。

何も言わない。動かない。既に手順は決まっている。

ただ、双子それぞれ、心の内は胸躍る思いで一杯だった。この一戦で勝てれば、遂に帝国に喧嘩を堂々と売れる。食らい尽くしてやれる。憎きあの研究所の白衣の連中も、否、帝国そのものを。

「第一波、発射します!」

防毒マスクを被った副指揮官が、じっと大砲を見据えている双子に叫ぶ。だが聞いているのかいないのか、メタトロンが曖昧に頷いただけであった。忙しなく大砲の周囲の兵が動き出す。大砲を包み込む蒸気の白い煙が、勢いを増してその場に立ちこめる。

フィンレーテにもし動く心臓があったなら、きっと喉から飛び出しているであろう程の恐怖。強張った小さな身体。不意に、両手をそれぞれ締めていた手枷が、ガシャンと音を立てて外された。封じられて行き場を無くしていたフィンレーテの毒が、恐怖の具現化の様に周囲に濃く発せられ始めた。

ぶしゅうっ、と、筒を通して熱がフィンレーテの身体を蒸す。その時、フィンレーテの目に、きらと光るものが飛び込んできた。遠く、チャーチの戦線の向こう、雪原の地平線、朝日が昇る様に見えた光るそれ。

怒りに牙を剥いて先鋒を突っ切るコロと、負けじと走るシベルの姿であった。

「・・・っ、・・・しべー!」

フィンレーテの感情が極限にまで昂ぶり、毒が一層濃くなった瞬間、大砲の奥、フィンレーテの背後から、物凄い風圧と、

どおおん、と、腹の底に響く様な蒸気の弾丸が発射された!

 

 

風圧で花弁が舞う。毒と共に舞う。そして遂に激突したふたつの軍。戦場に、甘く、生臭い鉄の匂いが満ち始めた。

 

 

 

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最終更新:2015年02月13日 17:31