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疵だらけの甲冑に、剣と盾を構えたその佇まい。ぼろぼろになった身なりにも関わらず、その女性の瞳は闘志を失ってはいなかった。周囲に散開する彼女の部下達も同様だった。帝国式の武装に、得物を構えて旧結社の捜索隊を睨み付けている。

深い森の中。動きはない。両者一歩も踏み出せずにいる。

このままでは埒があかない。声を最初に張り上げたのは、捜索隊の隊長であった。

「貴殿が帝国軍のベロニカ殿か!?」

何故私の名を知っている?ベロニカの顔がより引き締まる。問いには答えず、捜索隊長の顔をじっと見つめている。

「我々が救出した、シベルという名の少年が貴殿を捜してほしいと我々結社に依頼してきた!

我々には共通の敵・・・チャーチが居る!手を組んでチャーチを討たないか、との結社総長マーヴェラス様のお達しだ!!」

「シベル・・・?生きていたのか!?」

ベロニカの盾を構えていた左手が、さっと挙がる。構えを解け、との部下達への合図だ。

 

 

一方チャーチの襲撃を受けた結社の隠れ家は、混乱の様相を呈していた。まず彼等に襲いかかったのは、昨日の「ライフル」程の威力はないにせよ、帝国製のものより性能の勝る銃から撃ち出される銃弾の雨霰だった。この攻撃で結社の前線に居た者の殆どが負傷し、戦闘不能に陥った。しかし結社の士気も高く、それだけで怯む兵など居る筈もない。次の銃撃までに掛かる時間の合間に一気に前線を詰め、白兵戦へと持ち込んだ。そうなれば後は銃撃に頼りすぎて白兵戦への備えを疎かにしていたチャーチの圧倒的に不利な状況。手練れの結社の兵の勢いに飲まれ、うまく指揮が執れないでいた。

しかし、結社側も絶対的有利とまでは言えない。そもそもマーヴェラスの信条により、結社の武器はゾンビやアンデッドを打ち砕く事に特化しているものである。人間相手には、それぞれの剣や槍、十字架を模した鈍器などは単なる武器とそう変わらないのだ。マーヴェラスも前線に赴き、彼独特の大きな十字架を振り回して指揮を飛ばしながら戦っている。

 

 

シベルは負傷兵が次々と運ばれてくる野戦病院さながらの衛生テントの隅で、コロを傍らに伏せさせじっとしていた。マーヴェラス直々の命令であった。絶対に表に出てはならない。

それは重々承知であった。でも。こんな所でじっとしてていいのか。コロも不安げな色を義眼に浮かべて、シベルの顔を見上げている。

 

 

長く続く接戦は、結社とチャーチ両方に大きな損害と疲弊をもたらしていた。だが弾を込め直した銃の連撃がもう一度戦場に降り注いだ瞬間、両者に大きな隔たりが出来た。銃弾により結社のダメージが深刻化、怯んだ所をチャーチの白兵隊が襲いかかる。結社には最早、返す撃もない。

これまでか。マーヴェラスは十字架を杖の様に地面に突き立て、無理矢理立ち上がった。

その時、丘の向こう、見えたもの。

「・・・何だ!?」

戸惑うマーヴェラス。チャーチの兵のひとりが大きな声で叫んだのがマーヴェラスの耳に遅れて入って来た。

「なっ・・・なんでこんな所に帝国兵が居るんだ!?」

それはチャーチの軍後方を突く形で襲いかかってきた、ベロニカを先頭とする帝国の兵士達、そしてベロニカを捜す為に雪国の各地に飛んでいた捜索隊の姿であった。相反していた筈の両者が利害の一致により手を取り、歩を共にし、一気にチャーチの怯む背中に食いつく。

銃が使えない状態の今のチャーチには、白兵戦に関して手練れの帝国兵に勝ち目はない。一気に薙ぎ倒され、斬り倒され、陣形が乱れてゆく。

「一旦退却!たいきゃーく!」

チャーチの指揮官の悲鳴にも似た指令が、戦場に響き渡る。勝負は決まった。

 

 

わぁっ、と、テントの外から嵐の様な歓声や鬨の声が聞こえた。シベルが驚き、テントの隙間から外を覗くと、群衆の中、見覚えのある甲冑の鋭い爪先が、威風堂々と地面を蹴るのが見えた。今まで何処か陰鬱だった顔をぱぁっと明るく変えて、コロを連れて外へ飛び出す。

「ベロニカ!ベロニカ、やっぱ無事だったんだな!」

感激のあまり、ぼろぼろの身なりのベロニカに抱きつくシベル。ベロニカは周囲の目が気になるのか、含羞に顔を真っ赤に染め、鈍く光る小手の左手でシベルの頭を引っ掴んで剥がそうとする。しかしその顔色や態度とは裏腹に、ベロニカの瞳は至極嬉しそうな光に満ちていた。

「貴様、散々ひとに苦労をかけておいて易々と私に抱きつくなっ!」

これでチャーチの「雪国の少年を帝国が殺した」とするプロパガンダも成り立たない。手を組むには些か怪しい団体だが、結社の兵も得た。

ベロニカは、彼女の背後で他の結社の兵と勝利の喜びに沸いていたマーヴェラスを呼んだ。

「総長よ。出来ればすぐに伝書鳥を用意して欲しい。此処を我々帝国部隊の拠点としたい。

毒花のゾンビの毒に対抗する薬と、援軍が来る筈だ。構わんか?」

マーヴェラスは、うむ、とひとつ頷き、傍らの結社の部下に伝書鳥の用意を命じた。

「疲弊している暇はないぞ!今すぐチャーチ打倒の為の作戦会議を開くのだ!!」

マーヴェラスの号令と共に、慌ただしく結社と帝国、両軍の兵が動き始めた。

 

 

敗残兵を迎えた双子の目は冷めきっていた。メタトロンは蛇の様な黄石の瞳を冷徹に光らせて、執務室にて萎縮している先刻の隊の長を見つめている。かたやサンダルフォンは、隊長に目を向ける事もなく、いつもの様に執務机に腰掛けて、足をふらふらさせながら、指先に抓んだ淡い桃色の花びらを弄んでいる。

「・・・して、帝国と結社を合流させてしもうた訳か」

メタトロンの問いに、隊長は小さく、はい、としか言えないでいる。厄介な事になったものだ。それぞれの相手を別個にやるならば兎も角として、両者が組んだとなればそれなりにこちらも本気を出さざるを得まい。総力戦はメタトロンの望むところではない。
「よいよい。どうせ人の子のやる事じゃ。何処かに手落ちはあるものよ」

至極軽い口調のサンダルフォンの声が、メタトロンと隊長、両者の間に割って入った。

「此処で頭を下げるより、防毒マスクの被り方でも練習しておくんじゃな。ヘマをこけば今度こそ死ぬぞ」

サンダルフォンの言葉の意味する所は、この隊長の疲弊しきった頭には理解できなかった。

そして隊長を部屋から帰し、ふたりきりになった執務室。暫しの間を置き、誰の気配も周囲にない事を確認して、サンダルフォンは、はああと長く大きく息を吐いて背筋を伸ばした。

「あの隊長、あんな血塗れで僕等の前に姿出さないでほしいよ。食いたくなるじゃん」

「・・・夜まで待てよ。どーせ傷が悪化して死んだ様に死体処理手続きすりゃいいだけだ」

ひどく残酷で軽薄な会話。メタトロンは徐に机に頬杖ついて、相方の顔を見上げた。

「で?例のゾンビの兵器は出来たのか?」

兄の問いに、サンダルフォンは軽く微笑んで言った。

「うん、すごいよあれ。何回か試したけど致死率ほぼ100%。麻痺毒の一種だね」

何回か、という事は、何人か実験で殺したのだろう。それは容易に察せられた。

「砲台も準備できたし、蒸気熱でも充分可動できる事は確認済み。ま、帝国とマーが組んだってどうしようもないよ。あの兵器の前で動けるのはゾンビ兵だけ」

今回の様な一戦の為に、チャーチは本来の結社の道理から外れた、帝国式の「ゾンビ兵とそれを使役するネクロマンサー」を養成してきた。帝国でスパイ活動をしていたアムルタートも、そのひとりである。

「帝国のゾンビ兵も雪国の寒さは計算に入れてない筈だから、本来の力は引き出せない。僕等はその為に色んな道具を使ってきた。・・・ま、元々は僕等をコントロールする為の道具、だけど、ね」

手枷もそのひとつであった。ゾンビの力を封じる手枷と同じ様な術式でゾンビの力を増幅させる魔術具が、ノイエスやその他の帝国の人間によって双子の手に横流しされていた。

「馬鹿だな。自分の首絞めてるとも知らないでさ」

「その馬鹿を食っちゃうのが僕等のおしごと。文句いわなーいの」

ケラケラ笑う両者のちろと見える舌先が、僅かに蛇の様に割れている。

 

 

 

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最終更新:2015年02月12日 11:52