チャーチ本部に毒花のゾンビと共に帰ってきて、あの少年を新型の銃で狙撃した事、殺すまでには至らなかったが代わりにマーヴェラス達旧結社の隠れ家を炙り出す事に成功した、と伝えられた。
列車の時点で少年に何故止めを刺さなかったのか、という事については、問われもしなかった。元々信頼されていないのだろう。男は少し疲れた表情で、ぼうっと毒花のゾンビが木箱から引っ張り出され、兵器開発所の方へと連行されてゆく様子を眺めていた。ゾンビは手枷に力を吸われ、雪国の寒さに蝕まれて疲れ果てており、アンデッド故涙も出ない筈なのに、今にも泣きそうな表情を浮かべていた。
シベルは決意した。
「マーのおっさん、オレもチャーチの本部に攻め込む時、連れてってくれないか。コロと一緒に」
マーヴェラスは少し目を見開いたが、シベルの強い決意を滲ませた瞳を見て、止めても無駄だと悟ったのか、それともコロが充分戦力になり得ると判断したのか、うむ、とこくり頷いて、それっきりだった。マーヴェラスも忙しいのだ。毒花のゾンビ・・・フィンレーテが利用される筈の新兵器が完成する前に、あの双子を止めなければ。
そういえばベロニカ達はどうなったんだろう。シベルはふと思い出した。無事では済むまい。何せ帝国から雪国への列車の終着駅は雪国のど真ん中、帝国に反発する住民も沢山居るし、何よりチャーチの監視の目も鋭い。だが不思議とシベルの胸の内に、ベロニカを心配する気持ちは起こらなかった。あの女なら、きっと何とかなる。だってあんなに意志の強そうなひとなんだから。そこまで考えて、不意にシベルは思いついた。別のテントに赴いていったマーヴェラスを追って、コロを連れて、痛む肩の傷を押さえて彼の元に向かった。マーヴェラスは部下達に何やらこれからの指示を出していた様で、薄暗いカンテラの灯りを頼りに部下達とテーブルの上の地図を囲んで話し込んでいた。その内シベルの気配に気付いて、マーヴェラスは慌ててシベルに駆け寄ってきた。
「馬鹿者、温和しく寝て居るのだ!傷は浅くはないのだぞ!」
「・・・マーのおっさん、頼みがあるんだ。
雪国のどっか・・・多分駅の近くに、帝国の部隊が隠れてる筈なんだ。指揮官は女の人。ベロニカってんだ。その人達、チャーチと帝国の戦争を止める為にオレと一緒に来た」
ざわ、と旧結社の面々がざわついた。帝国の部隊が雪国に潜んでいる。そして、この少年はその部隊と繋がりを持って居る。雪国の人間の感情としては、心静かに聞き流せる話ではなかった。
「なっ、なんと!帝国の輩がまだ・・・」
「オレならベロニカと話し合って、マーのおっさん達と協力させて、一緒にチャーチと闘えるかもしれない!
結社的には帝国と手を結ぶのは難しいかもしんねーけど・・・でも、フィンが、フィンが!
フィンが利用されちまうその前に止めないとなんねーから!頼むマーのおっさん、ベロニカの部隊を捜してくれ!」
泣き叫ぶみたいに言うだけ言って、シベルは肩を押さえて俯いた。部下達は、何も言えなかった。少年の無茶な頼み事。はい判りました、とすぐには言えなかった。
だがこのマーヴェラスには、そんな思惑など通用しなかったし、またシベルの覚悟の深さもマーヴェラスの背中を押して男泣きさせるには充分だったらしい。
「君という少年はっ・・・なんという仲間思い、ゾンビ思い・・・否、ゾンビは土に還るのが摂理だが・・・いやいや、うむ、・・・。
判った!我が結社の総力を挙げて、その帝国のベロニカという女性を捜そう!」
そうしてオーバーアクション気味においおい泣く。部下達も、呆れ返っている。だが上官の命令である。やるしかなかろう。
ばり、ばり、ぼり、ぼり。
夜更け過ぎに、チャーチ本部の一室、軟質のものを咬み千切る様な、硬質のものを噛み砕く様な音が、響いていた。
2匹の獣に食われていたのは、ゾンビの関わる新兵器製造に難色を示した兵隊のひとりであった。彼は夜半過ぎ、誰もいなくなったのを見計らって、こそりと2匹の獣の懐に、彼等の正体も知らずの内に踏み込んでしまったのだ。結果、食われてしまった。珍しい光景ではなかった。今までも2匹の獣はそうしてきたし、これからも己を生かす為にそうするのであろう。崩れていきそうな身体と精神を保持する為、と思い込んで。本来ならば意味もない行動なのに。キメラとは言えゾンビである事に変わりない彼等は、主上が居ないと形を維持できない身体である。だがなまじっか胸の中の宝玉で生き存えている彼等にはそれは判らない。自分達の「人を襲いたい欲求」を、「生きる為の捕食行為」だと勘違いしているのだ。
ぶちん、がりっ。
生々しい食事の風景が広がる室内の外、廊下にて。槍の男は口許を押さえ、もう片方の手で胸元をぎゅうと掴んで、荒い息と動悸を抑えるのが精一杯だった。彼もまた、獣の暴走に一言言おうとしてここにやって来た。そうして、嘗てマーヴェラスが見た光景と同じものを、同じ様に見てしまった。
だが彼は、この夜の事は忘れる事にした。2匹の獣・・・即ち老師ふたりに刃向かうだけの奮起が、まだ彼の胸には沸かなかった。恐怖だけが、彼の胸を支配していたのだ。
一晩明けて、朝。既にマーヴェラスの命によって、ベロニカ達帝国部隊の捜索は夜の内に始まっていた。無事に見つかれば、伝書鳥がマーヴェラス達旧結社本部のある森に着く手筈である。
朝日が雪に反射して、雪原は辺り一面が真っ白に輝いている。それを森の端から、シベルとコロは並んで見て居た。
兎に角ベロニカと、ノイエスの作る抗毒薬と、もし届くならば援軍が来てくれれば。フィンレーテがそれで無事に済むのであれば。もう自分に力なんてない、なんて落ち込んでいる暇はないのだ。やれる事はやる。例えそれが、今まで自分が直面した事のない大きな事象であったとしても。
きら、と、雪原と空の間で何かが光った。雪の上に伏せていたコロが素早く立ち上がる。不審に思ったシベルも、コロの義眼の向いている先を見て、光を目にした。
援軍?
・・・違う。
「・・・!マーのおっさん!」
慌ててシベルとコロは叫び、本部のテントへと走った。あの影、帝国のものでも旧結社のものでもない。
昨日シベル狙撃にて旧結社の隠れ家を見つけ出したチャーチの部隊が、今度こそ旧結社を殲滅せしめんと攻めてくる光景であった。
がたがた、ばたばた、と忙しなく兵達が武装する音が響く。シベルもコロを連れて戦場に出ようとしたが、
他でもないマーヴェラスに押しとどめられた。
「君が死んでしまっては、帝国と話が出来なくなってしまう!此処に残って生き残ってくれたまえ!」
「でっ、でもマーのおっさん!」
コロは充分戦力に、と言おうとしたシベルの手を、マーヴェラスの血の気のない手がぎゅうと握った。
「っははははは!少年よ、見るが良い、そして記憶に留めるのだ!
我が結社の勇猛さと果敢さと心強さをおおおッ!!」