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「貴様、いい加減に本当の事を言ったらどうだ!」

「だからオレの方が聞きたいんだって!花畑でかくれんぼしてたら、フィンがいきなり攫われちまったんだから!」

フィンレーテを連れた摩訶不思議な4人組を追っている内に、東門前に出て来てしまったシベルは、そこでこれからシベルを追おうとしたベロニカの手に捕まって、軍部の尋問室で押し問答を続けていた。コロは軍の手によって別室に閉じ込められてしまった。

「雪国のチャーチとかいう組織と貴様の繋がりはとうに判っているんだぞ!ノイエスに会いに来たというだけでも充分スパイの疑いがある!」

「じゃあノイエスに聞けよ!オレはただノイエスに会いに行けって言われて、ついでに東の村に手紙持ってく様に頼まれて、・・・そんでフィンを蘇らせて・・・」

言いよどむシベルの瞳に、嘘の影は見られない。元よりそんなに頭の働く子ではなさそうだ。ベロニカは腕組んでふうと溜息、椅子の背もたれに深く寄りかかった。

「・・・。では毒花のゾンビを生き返らせたのは、貴様の勝手な行動だとでもいうのか?」

「ぜんっぜん勝手じゃねーよ!墓の前で友達死んで泣いてる奴等が居たから蘇らせてやっただけじゃねーか!ひとが親切に蘇らせてやったのに・・・」

「貴様・・・自分が何をやったか判っていないのだな」

ベロニカの一言が、何故かシベルの胸にぐさりと突き刺さる。黙ってしまったシベルを見据えながら、ベロニカは続けた。

「私はあくまで軍人だ。死霊術がどういうものかは知らんし、判る範囲の事ではない、私の領域ではないと思って居る。

だが貴様のやった事は、生命倫理に反する行為だ。土に還るべき摂理のものを、そんな簡単に蘇らせて良い訳が無かろう。死者は眠るべきだ。少なくとも私はそう思う。安らかな眠りを叩き起こす死霊術は、私は好きになれん。況してやそれが死者が望んでいなかったのなら尚更の話だ」

シベルは俯いて動かない。目の前の女の考えと、自分の浅はかさに、うち拉がれていた。コロの様に彷徨っていた所を助けたのなら兎も角、フィンレーテは眠って居たところを自分が勝手な感情で叩き起こしてしまった。子供達が怖がって逃げようとした考えも、そう思えば自然なものとも思える。

ベロニカは再び溜息を吐き、シベルに言い捨てた。

「もうこうなってしまったものは仕方ない。貴様にも協力してもらう」

「協力・・・って、何をだよ」

「奴等チャーチ及びその影で動いている雪国政府は、帝国の転覆を狙っている。どこから流れてきたものか、死霊術まで使ってな。貴様の蘇らせた毒花のゾンビ、わざわざチャーチ自ら攫っていったとなれば、奴等がその毒性で何か開発しようとするのは目に見えている。

貴様が造り上げてしまったゾンビを救ってやれるのは、貴様だけ。それだけだ」

そこまでベロニカが語ると、コンコン、と扉がノックされる音。入っていい、とベロニカが命ずると、ひとりの兵卒が神父服に身を包んだ男を伴って尋問室に入ってきた。ノイエスであった。

「ノイエス、お前・・・!」

「その少年を東の村に使いに出してしまったのは私です。私にも一介の責任というものがありましょう。

仕事が一段落したので、彼の後を追う形で村に入ってすぐ、毒花のゾンビ・・・フィンレーテという女の子が蘇った事、毒花と融合して彼と墓前の子供達が昏睡状態に陥った事を村長から告げられました。

これで責任を完全に取る、という訳ではありません。ですが毒花の防毒方法を調べてきました。ベロニカさん、あなたのこれからの仕事にも役に立つ筈です。少し時間を頂ければ、一軍に遍く与えられるだけの防毒薬が量産できるでしょう」

ベロニカは目を見開いた。まさかノイエスがこの様な形で自分に協力してくるとは思わなかったのだ。彼女はノイエス自身が帝国の死霊術を雪国に横流ししていたのではないかと疑念を抱いていた。

(・・・私が間違っていたのか?それともノイエスが掌を返したか・・・)

シベルは今にも泣き出しそうな顔で、ベロニカとノイエス、ふたりの顔を交互に見て居た。

 

 

フィンレーテは思う様に動けないもどかしさに悩まされながら、何やら大きな木箱の様なものに閉じ込められていた。手枷から伝わってくる呪術の力が、身動きを、毒を撒き散らすのを妨害している。

兎に角ひとりきりが怖かった。自分がどうなってしまうのかも判らなかった。唯々、心の内で、シベルとコロを呼んでいた。

『・・・れが、例のゾンビか?』

『気ィ付けろよ、手枷外れたら死ぬぞ』

箱の外から何やらやりとりが僅かに聞こえてきた。そうしてゴトン、と殊更激しく木箱が揺れ、フィンレーテは木の板で強かに頭を打った。泣き出しそうになるが、それさえ封じられていて、フィンレーテは尚のこと恐怖に思考を支配されてしまった。

 

 

伝令が、執務室に戻ったベロニカの元にやってきた。彼女の傍らには、シベルとコロが居た。ノイエスは研究所に赴いて防毒薬を作る、という。

「西門の駅に向かう途中の検問に、何やら怪しい木箱が運び込まれたとの事です!」

ベロニカはかぁっと眉をひそめ、

「馬鹿者!何故それを易々と通した!」

「そ、それが・・・正式な切符を持って居た、との事ですから・・・」

恐らくそれはチャーチの偽造切符だろう。検問の兵が賄賂でころりとやられた可能性もなくはない。事実最近そういった事例が多いとの報告もベロニカには来ている。

ベロニカは椅子から立ち上がり、目をぱちくりさせながら彼女を見て居るシベルを一瞥して、

「どうやら薬を待っている猶予はなさそうだ。奴等、何らかの方法でゾンビの力を封じているな。奴等も毒で倒れてしまっては元も子もないからな。

シベルと言ったか。貴様も来い。その犬を連れて、責任を取れ。戦争が始まる前に」

せんそう。帝国と雪国の戦争。シベルは事の重大さが未だによくわからなくて、ごくりと喉を鳴らした。シベルの脳内は、まだフィンレーテに対する心配でいっぱいいっぱいで、まだ戦争などと言われても現実味がなかった。早くフィンを助けてやりたい。その一心だった。

気付けばシベルは、柔くコロの頭に触れていた。こいつとなら、フィンを助けられる様な気がした。

 

 

雪国ではそう珍しくないファーのついた防寒着を身に纏った男が、木箱の隣に座っていた。この木箱を何としても無事にチャーチ本部の研究室に送り届けなければいけない。彼は傍らに携えた得物・・・鉄槍を握る手に力を込め、再び木箱に目をやる。

チャーチの老師・・・双子がこのゾンビを手に入れて何をやるつもりなのか、それは彼には判らない。只、身よりもなく幼い頃結社に拾われて育った彼は、今現在の結社・・・チャーチのトップに逆らう気など毛頭なかった。只気になるといえば、幼い自分を励まし、時には厳しく稽古をつけてくれたマーヴェラスを追いだしてしまった良心の呵責だけであった。

難しい事は考えるな。俺の仕事は、こいつをチャーチに持っていく事だ。彼はそう思い直した。

と、その瞬間、突然列車は甲高いブレーキ音を立てて急停止した。まさか、ばれたのか。窓の外を見る。帝国所属のネクロマンサーとゾンビ兵が列車を取り囲んでいる。ちっと舌打ち、彼は鉄槍に巻いていた布を剥いで、力を込め握りしめた。ぼう、と青白く、鉄槍は滲む様に光った。

 

 

「列車内の隅々まで洗い出せ!木箱も全て開けて中身を調べろ!」

ベロニカの指示が、荒れ地の途中で止まった列車を取り囲む兵達に届く。シベルもコロを連れて、列車の一番端の車両に乗り込んだ。半分客車、半分貨物車のこの列車内の何処かにフィンレーテが居る。目の前では、乗客ひとりひとりに厳しく尋問している幾人もの帝国兵の姿。ベロニカも大方指令を飛ばし終えたのか、シベル達の後を追って列車に踏み込んできた。

不意に、ベロニカの目が、紅いドレスを捉えた。

 

 

 

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最終更新:2014年09月19日 14:14