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シベルがフィンレーテの服を買いに行っていた頃の事。紅いドレスの人物は、山の崖の上に立っていた。異様なのはその左手に丈夫な布を巻き付けてあり、一匹の真っ白な猛禽がその細い腕に止まっている事。その人物は猛禽の足首に先刻の花びらを挟んだメモを取り付け、ばっと馴れた手つきで猛禽を空に投げ飛ばした。バサァッ、っと羽音を立てて、猛禽は一直線に北西の方角・・・即ち雪国へと飛んでゆく。

奇妙な行動はこれだけに留まらなかった。ドレスの懐から鳥笛を取り出すと、人間には聞こえない波長の音を響かせるその笛を吹いた。3、4匹の、同じ様な猛禽がドレスの裾に飛んできて止まった。その人物はそれぞれの猛禽に同じ内容のメモを括り付けると、再び一羽ずつ空へ投げた。今度は方々、帝国内の様々な場所に猛禽は飛んでゆく。

 

 

シベル一行はその頃、東門近くの花畑を通っていた。フィンレーテやコロの背丈を覆う程背の高い花々に囲まれて一行は進む。と、フィンレーテが立ち止まった。

「どしたフィン?」

「・・・ぽろ、ぽろ」

大好きな花に囲まれて興奮したのか、洋服のポッケや大きな瞳から、花の種の様な粒がぽろぽろと溢れ出てきた。シベルはこんな場所で毒花を増殖させられたら大変、と急いで拾い集めようとするが、何せ小さな粒だし量が半端ないしで、シベルの手では間に合わない。

と、ここでフィンレーテの隣を歩いていたコロが足を止め、何を思ったかぱくぱくと種を食べ始めた!

「だーっ!コロ!お前それ毒草だぞ!死ぬぞ!」

「わふ?・・・わん、わん!」

「あ、死んでるんだったなお前」

考えればシベルの懐中時計は既に午後1時を指していた。シベルの朝飯抜きの腹もぐううと鳴り始めた。ここらで飯にしようか。村で服と一緒に買っておいたサンドイッチを鞄から取りだし、ぺたんと花畑の開けた所に腰を下ろすと、シベルはサンドイッチにかぶりついた。隣で物欲しそうな顔をしているコロにも、ハム一切れを分けてやった。フィンレーテは何を考えているのか判らない。何も食べようとせず、只きょろきょろと辺り一面の花畑を見回している。が、急に立ち上がり、フィンレーテは背の高い花の群に突っ込んでいった。慌ててシベルがサンドイッチの最後の一口を飲み込み、

「お、おいフィン!どこ行くんだよ!」

「・・・かくれんぼ・・・」

「あーそーぶーなーっ!それどころじゃねえんだぞ!」

花々に擬態して消えてしまったフィンレーテを、シベルは花掻き分け必死に捜す。コロも匂いでフィンレーテを追う。暫く捜して、少しシベルから離れた場所から、わん、とコロの鳴き声が響く。急いで声の方向に向かうと、しゃがみ込んで顔を両手で覆い、まさしく「隠れている」フィンレーテの姿と、舌を出してちょいちょいとフィンレーテの二の腕を触っているコロが居た。シベルも呆れて溜息。

「・・・フィン、お前、蔦だけでも切ろう。このまんまじゃ花畑で行方不明だし動けなくなっちまうぞ」

「しべ、・・・つた、きって」

「うんうん判った判った。切ってやるからこっち来い」

 

 

右腿に添えていたナイフで、器用にフィンレーテの伸びすぎた蔦を切ってやる。じっとしているフィンレーテの顔はどこか嬉しそう。コロも隣に伏せて、その様子をじっと見て居る。

午後の暖かい日差しが、一行の居る花畑を照らして暖めている。雪国の身を切る様な寒さとは違う、穏やかな空気。シベルはこのまま帝国で暮らすのもいいのかもしれない、と思い始めていた。

 

 

雪国では、メタトロンが猛禽のもたらした1通の手紙を読んでいた。

例のガキが帝国の東にしかない毒草の力を使えるゾンビを蘇らせた。4人ほどで捕獲する。

それだけしか書かれていなかった。手紙には、特徴的な桃色の花びらが添えられていた。花びらは今、サンダルフォンの手元にある。サンダルフォンは古い分厚い本と花びらを交互に睨めっこしながら、何をか調べ物をしている。

「ねえトロン。これ、多分今開発してる『あれ』に応用できないかな?」

「『あれ』って・・・例のあれか?」

サンダルフォンは顔を挙げ、指先で桃色の花びらを弄びながら、笑って言った。

「手枷、送ってあげようよ。あれ丁度良いじゃん。道中で毒撒き散らされたらたまんないからさ。そのゾンビに手枷嵌めて無力化させて、ここまで運んできてもらう。で、例のあれに取り付けて、・・・、

どーん!ってブチ撒ける。そしたら帝国軍だって敵わない兵器の出来上がり」

 

 

帝国がそこら中の木に仕掛けた伝書鳥用の鳥もちに、一匹の猛禽が引っかかった。ベロニカ直属の兵がそれを見つけ、何事かと猛禽の首を絞めて手紙を取った。

「この猛禽・・・雪国でしか使われない鳥の筈だが・・・」

独り言を呟きながら、兵は手紙を開けた。そこにはこう記してあった。

帝国東門付近の花畑にて、毒花ゾンビ捕獲を遂行する。日時は本日午後4時。

兵の手が震え、手紙がはらと手元から落ちたのを慌てて拾い上げ、彼はベロニカの執務室へと走った。

 

 

シベルの手で、フィンレーテの身体に複雑に絡まった蔦が切り取られてゆく。シベルはふと思った。

毒花の蔦は、フィンレーテの身体の奥にまで根を張っている。フィンレーテは、雪国では暮らせないのではないか。元が暖かい東側の花なのである、寒さに弱い可能性は高い。

だとしたら尚のこと、自分はフィンレーテを連れて歩く限り、もう雪国には帰れない。

でもそれもいいのかもしれない。雪国には辛い思い出が多すぎる。ここ新天地で、自分とコロとフィンレーテ、一人と二匹で暮らすのだ。それがいい。ノイエスの下働きでも何でもいい。雪国へ送る親書は悪いけどノイエスに返して、ここで暮らそう。そう決めた。

 

 

ぷつん。最後の一本の蔦を切って、フィンレーテの身体から切り取った蔦を払い落としてやりながら、シベルは言った。

「ほい、終わったぞ。これで迷子には・・・って、フィン!?」

突然フィンレーテがまた走り出したものだから、シベルは慌てた。フィンレーテは微笑んで振り返り、

「かくれんぼ・・・つづき・・・、ころ、だめ・・・」

シベルとふたりだけでかくれんぼ。フィンレーテはそう言っている。

「待てってば!ちょっ、おい、フィーン!」

草花の群に突っ込んでいったフィンレーテを見失ってしまったシベルは、兎に角見つけてあげないと、という気になって、コロに捜させる知恵すら回らずに自分も花の群の中に突っ込んでいった。

その時。何が何やら判らずに呆然としているコロの鼻に、不穏な匂いが引っかかった。

 

 

フィンレーテは走る。楽しそうに、嬉しそうに。シベルの気配は遠くにある。もっと遊びたい、もっと大好きなお花の中に埋もれていたい。それだけだったのだ。

だが幾分か走ってフィンレーテも疲れてきた。そろそろ座り込んでまた隠れるポーズ。

その瞬間、フィンレーテの周囲を取り囲む様に、三人の黒ずくめの格好をした男達が顔を出した。

 

 

コロは吠えた。フィンレーテが危ない。直感と、鼻がそう伝えていた。気付けば吠えながら、フィンレーテの匂いの後を追っていた。シベルもコロの異変に気付いて立ち止まり、辺りを見回した。

そして彼は、何やら見慣れない手枷を嵌められて、ぐったりしているフィンレーテを抱きかかえる真っ赤なドレスの人物を見つけた。

「てっ・・・てめー何してんだ!」

ドレスの裾翻して、その人物はシベルから遠ざかる様に、思いの外早い足で、三人の黒ずくめの男を連れて去っていった。

 

 

 

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最終更新:2014年09月11日 10:26