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しかしながら、森を出た所でシベルは我に返った。徐に傍らでへらへら笑ってこちらを見上げているコロに目をやって、少し苦虫噛み潰した様な顔をした。

「お前、ちょっとでかすぎるよなー・・・このまんまじゃ街に入りづらいぞ」

「わふ?」

実際の所、雪国の民の感情として、死霊術は大っぴらには受け入れられていない。彼等の忌み嫌う帝国の技術に依る物だからだ。このでかさの狼が街に入るだけでも大騒ぎだろうに、それが腐ったゾンビであるとなれば、街がパニックに陥ってしまうのは目に見えている。

「あーどうしよ!」

夜の雪原、シベルはぼふと雪の上に仰向けになって寝っ転がった。満天の星空を見上げながら、途方に暮れる。考え無しに行動してしまう癖があるのは自分でも承知しているが、だからといってここでコロを放逐する訳にもいかない。そんな考え、はなからない。コロはそんなシベルの懊悩を知ってか知らずか、寝転がったシベルの顔をぺろぺろ舐める。

が、不意にコロの鼻が何かの匂いを嗅ぎ取った。顔を挙げ、辺りをきょろきょろしながら、くんかくんか匂いを嗅いでいる。そして目当てのものを見つけたのか、急に何処かに向かって走り出した。シベルが慌てて起き上がり、走るコロの後を追う。

「どーしたんだよコロ!」

「わん!わんっ!」

ぴたと立ち止まり、雪を掘る様な仕草を見せる。何事かとシベルがその穴を覗き込む。コロが掘りだそうとしたものを目視して、息を呑んだ。

女の子だ。しかも埋もれていた部分の雪が、若干の血に濡れている。コロが掘り出すのを手伝う様に、シベルも雪を掻き分けて女の子の身体を雪の中から引っ張り出した。

まだ自分とそう変わらない、動きやすそうなドレスとファーコートを身に纏った少女。肩口から少量の血が漏れている。コートの上からだから詳しくは判らないが、ナイフで刺されたか、そんな傷跡だった。

「おい!大丈夫か!生きてるかー!」

シベルが少女を抱きかかえ、揺さぶって声を張り上げる。声に反応したのか、少女は目を覚ました。シベルの顔をぼうっと見上げて、そして傍らのコロを見て、多少目を見開いた。

「なに・・・あんたネクロマンサーなの・・・?」

「ネクロマンサーで悪いか!とりあえず街行って看てもらうぞ!」

「駄目!」

ぐいと存外に強い力で胸元を押され、戸惑うシベル。少女は自分の力で雪の上にぺたんと座り込み、荒い息を押し殺してシベルの顔を見つめて問う。

「・・・あたし以外、誰もいなかった?」

「あ、ああ、お前だけだった」

少女は少し俯いて考え込むと、顔を挙げないままシベルに向かってこう言った。

「ここから東・・・街外れに大きな聖堂があんの。そこに連れてってもらえない?」

シベルは若干顔を顰めた。教会には出入りしたくなかったのだ。彼は死霊術に手を染めてからというもの、神を信じてはいない。シベル自身が教会で産まれ育った反動も大きい。しかしこのまま、この怪我をしている少女を放ってはおけない。仕方ない。

「わーったわかったから・・・じっとしてろ。連れてってやるから。オレ、シベル。お前は?」

「・・・アムル。アムルタート」

「んじゃアムル。悪いけどコロの背中で運ぶからな。べちょべちょになるのは覚悟しとけよ」

 

 

教会に入ると、見慣れた、しかしもう見たくなかった華麗なステンドグラスが目に飛び込んできた。コロの背中に括られたアムルは、力なく手を挙げ、聖堂の隅にある質素な木の扉を指さした。

「そこ・・・「アムルが帰ってきた」、って、伝えて・・・そしたら入れてくれるから」

言われた通りに木の扉をノックする。しかし返答は帰ってこない。しかし扉の向こうからは、人の気配がする。シベルはひとつ息を呑むと、思い切り叫んだ。

「アムルが帰ってきた!怪我してるんだ、開けてくれ!」

ざわ、と扉の向こうで複数の人間の気配が揺れた。暫くすると、意を決した様に、若い軍服姿の男が扉を開けてきた。

「き、君もネクロマンサーなのか!?・・・まぁいい、君も入りなさい。アムル、歩けるか?」

男はコロの背中からアムルを下ろし、肩を貸す様に立ち上がらせる。コロは重荷がなくなって気分がいいのか、ぶるんぶるんと身を震わせた。

「・・・歩けるのは、歩ける」

「大丈夫かよ、アムル?」

心配そうにアムルを見つめるシベルの目を一瞥して、アムルは顎で廊下に入る様促した。

そしてペチカの暖かさが心地よい応接間に通されたシベルとコロ。シベルがこれから自分がどうなるのか、何か大きな事に巻き込まれたんじゃないかとがっちがちに緊張している一方、コロは呑気に伏せして欠伸している。その内先刻の男が音もろくにたてず部屋に入ってきたので、シベルはびくりと肩を震わせた。

「君に礼を言いたいと、老師が言っている。ついてきて貰えるかな?」

「はっ・・・はい・・・」

やっぱり事は重大の様だ。

シベルとコロが通されたのは、がらんどうの大ホール。舞台らしき高台の奥は、緞帳に遮られて見えない。戸惑っていると、急に声が聞こえてきた。

「流しのネクロマンサーか。名は」

威厳のある口ぶりなのに、声だけが自分とそう変わらない程若々しい事にシベルは若干の驚きを覚えた。が、飲まれてはならないと肩をいからせ、自分でもびっくりする位の大声で叫んだ。

「オレはシベルだ!そんでこの狼がコロ!」

「お前さん、随分雪国訛りが強いが・・・この国の出身か?」

「そーだよ!なんか文句あんのか!」

緞帳の向こうの声はぴたりと止んだ。静寂は暫く続いた。どうやらふたりの人物が、何やらひそひそと相談しているらしい音が、コロの耳には届いた。そして静寂は、向こうから破られた。

「貴様、その大きな狼を連れていたのでは街にも入りにくかろう。どうじゃ。儂等と取引をせぬか」

「へ?」

取引、という言葉に、シベルは腰が抜けそうになった。一方的に殺されるか何かされるんじゃないかと内心怯えていた所に、いきなり取引を持ちかけられたのである。

「お前さんが助けたアムルという少女、実は儂等『チャーチ』での重要人物でな。帝国の内情を探っておった所謂スパイよ。それをお前さんが助けてくれたお陰で、とある呪術を持つ物を手に入れる事ができた。

アムルは暫く動けまい。お前さんにその呪術の品をくれてやるから、アムルの代わりに働かぬか」

シベルの胸が、ふつふつと怒りに沸いた。元々このシベル、あまり仕事とか役割とか、何かに縛られるのが好きではない質の人間である。たまたま道すがらアムルを助けたっていうのに面倒まで押し付けられるとあっては、シベルが怒るのも無理はない。

「オレそういうの嫌い。お前等が何モンか知らねーけど、オレ巻き込むんじゃねえよ」

「首輪じゃ。その狼の身体を一旦バラバラにしてスーツケースで持ち運べる位小さく分けられて、望んだ時に元の姿に復元できる品じゃ」

「・・・は?」

「お前さん、今のままでは街に入るのも難儀じゃろうて。この首輪をそこな狼にくれてやるから、アムルの代わりに帝国に赴いてくれぬか、という訳じゃよ。何、それ程難しい仕事ではない。ちょっと物見してきてくれればいいだけ、ついでにとある人物と会ってくれ、とだけの事じゃ」

確かに緞帳の向こうの人間の言う通りである。このままコロと一緒に居たんじゃ街にも入れない。渡りに船、と言えばそうなのだが、本当に信用していいものか。

しかし、それを押し殺すかの様な好奇心がシベルの胸を焦がし始めた。コロと一緒に色んな場所を、色んな物を見て回れる。それもいいのかもしれない。

「・・・わかった。引き受けるから、その首輪とか言うやつ、オレの好きにさせてくれよな」

 

 

 

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最終更新:2014年09月10日 16:00