王城に向かって伸びる、広い石畳の大通り。
足元の大理石は、初夏の日差しを照り返している。
道の両脇には様々な店が立ち並び、行き交う都民で賑わっている。
その中に早足でいそいそと歩く、髪の長い少女の姿があった。
薄手とは言え、古風で丈の長い紫のローブに、ちぐはぐな皮のベスト。
腰まで届く藍色の長髪は、夏らしく明るい色に染まった街とは正反対だ。
肩に下げた皮の鞄からは、新品の実験道具が包装紙に包まれ覗いている。
明らかに周りから浮いているが、人々は少女を気にも留めない。
どころか、親しげに挨拶する者さえ居る。
「こんにちは、ナタリー」
「こんにちは、シュルテンさん。もう動いても良いの?」
「勿論!あれから君の薬が良く効いてね、この通り熱も退いたよ」
「本当?それなら良かった!」
「やっぱり帝都で開院する気は無いのかい?君が来てくれたら街の皆も喜ぶのに」
「折角の誘いだけれど。あたしは森の中が性に合うらしくて」
「そうか、残念だな。でも・・・パンだけは別の様だね?」
言われ、少女はニカッと笑みを返す。
「うん!じゃ、そういう事で!」
彼女は待ちきれない様子で、荷物が飛び出さないよう鞄を片手で押さえながら通りを駆けていった。
大通りから小道に入ってすぐ、香ばしい匂いが漂ってくる。
店の扉を開けるとすぐに店主が迎えてくれた。
「やあ、ナタリー。いつものシュトーレンかい?バゲットも焼きたてだよ」
「じゃあ両方、それとライ麦パンを3つ、あと・・・えーっと」
「あら、ナタリーちゃん。いらっしゃい」
ナタリーが帰りながら食べる昼食に悩んでいると、奥から店主の母親が顔を出す。
「どうも、おばさん」
「腰、すっかり良くなったわ。ナタリーちゃんのおかげだよ」
おばさんはジャムパンとサンドイッチをおまけしてくれ、ナタリーはそれを今日の昼食に決定した。
「ナタリーちゃんの薬は本当に良く効くね。特別な薬草でも使っているのかい?」
「いや、山に生えてる普通の薬草だよ」
「本当~?だって町の薬より効くのよ、信じられないわあ」
「本当だってば」
薬草が生えている場所も効能も何となくで分かってしまい、調合の比率さえ感覚でやってのけてしまう。
ナタリーは魔女と呼ぶに相応しい人間だった。
全ての買い物を終えたナタリーは街の東門を出、森の中の家を目指す。
丸三日はかかる道のりだが、慣れたものだ。
道中宿をとりながら遂に山道に差し掛かると、ナタリーはおもむろにブーツを脱ぎ両手に持って歩き出した。
「ああスッキリ。やっぱり裸足が一番だよ。靴は窮クツ!」
湿った腐葉土が柔らかく心地いい。
伸びをしたり鼻歌を交えたりしながら歩いて行く。
途中で薬草に呼ばれたら、適当に摘ませて貰って缶に入れるのも忘れない。
道すがら、大木にはきちんと挨拶をする。
虫や動物達が寄ってくる。
皆、本能的にナタリーを仲間だと思っている。
すっかり日も暮れたころ、彼女はやっと我が家に到着した。
「ふぅ、町娘風にしたつもりだったんだけど、ちょっと違ったかな」
ナタリーはベストを脱ぎ、通称"何でも棚"へ放る。
その近くには片羽をもがれた烏がとまっており、驚いて鳴き声を上げた。
「わっ、ごめんごめん。急診か、こりゃ痛いよね。処置するから待っててね」
彼女は先程摘んだ薬草と取り置きの薬を調合して首尾よく麻酔薬を作り、烏に塗ってやった。
そして薬品漬けの別の鳥の羽を取り出してきて、念を注ぎながらその傷口に押し当てると、包帯を巻く。
「・・・暫くしたら、また飛べるように・・・・・・・・・え・・・?」
烏は弱々しく鳴き、訴えるようにナタリーを見た。
「そう・・・お前も。悲しい・・・」
そう言う彼女の目は、烏と同じ瞳をしていた。
「もうすぐ、誰も傷つかない様になるから・・・・・・」
そう言って彼女は、部屋の隅で隠れる様に影を纏う、古い木の扉を見やった。