『魔事課。三國亘志朗の大正事件簿』修正案

修正案


時は大正、文明開化もとうに過ぎ、カフェーで劇場と活動写真の話に花を咲かせるこのご時世、
人々の知らぬ間に西洋より来訪した魔法が、日本の闇を暗躍し蔓延っていた

『魔事課。三國亘志朗の大正事件簿』

○月□日 晴天也
或る人は時に「魔が差して」悪事を働くことがある
また或る人は時に「魔で刺して」悪事を働くことがある…


薫風香る皐月の朝、土煙をあげて警官が走る。手には新聞を持ち、一目散に署に走り込む

警官「おはようございます!!」

勢いよく扉を開けた警官はその勢いのまま課長席の窓辺へ向かう

警官「上官!事件がありましたよ!」

<警察官:三國 亘志朗>

上官「おはようさん…。藪から棒に物騒な話を出しやがるな」

窓際で煙草をのんびりふかしていた上官は席に腰かけ、亘志朗に目を向けた

上官「新聞持って来たってことは今起こった訳じゃねえな?」

<魔法事件処理課長:銅陸奥 玲人>

亘志朗「はい!昨晩の斬殺事件です。ご存知かもしれませんが…」ズイっ

新聞を課長席に広げる。見出しには『大正の世に辻斬り現る』等の煽り文が並び、被害者の写真が添えられている

銅陸奥「ご存知に決まってんだろ。どこがブン屋に情報出してると思ってんだ」顔が近え

張り手で顔を押しのけ、同僚の白洲瑠璃にいつもの調子で注文を出す

銅陸奥「白洲、お茶」

白洲「はい」

<後輩:白洲瑠璃>

既に用意を拵えていたか、瑠璃がお盆に乗せてお茶を出す。銅陸奥上官には熱いお茶、亘志朗には冷茶だ

上官はお茶をすすりながら記事の内容に目を通す


<東国新聞の記事:殺害された者の身分、殺害状況の説明>
昨晩未明、芝区路上にて東京帝国大学法研学科の学生の遺体が発見された。
背後から刀剣にて斬られた跡あり、これが致命傷と見られる。
火傷・咬傷跡もあり、火事場から遺棄され野犬に喰われたなど憶測が飛び交うが、いずれも信憑性に欠く。
本社の調べた情報によると、被害者は学生ながら論文を学会に推挙されるされるほどの人物であり、
我が国の貴重な人材が失われたことに対する深い哀悼と、残虐非道なる犯人の一刻も早い逮捕を……

銅陸奥「法研学科は表向きは法律研究だが、実際は魔法の研究を行う学科、魔法研究学科の略称だ」

銅陸奥「魔法の存在は秘密裡とされており、警察など国家機関の一部にしか存在は明らかにされていない」

銅陸奥「そして被害者は、魔法の研究をしていた人物」

銅陸奥「ここまではいいな?」

亘志朗「はい!」

銅陸奥「この件はうちの課はお呼びじゃないとさ」

亘志朗「ええ!? なぜです?」

身を乗り出していた亘志朗に、銅陸奥上官は煙草に火を点けながら答える

銅陸奥「魔法を使ったヤマが魔法事件処理課(うち)の管轄だ。昨日のは単なる斬殺、魔法は関係ないとさ」

亘志朗「しかし…昨日の被害者は論文を学会に推薦されるほどの人物ですよ」

銅陸奥「だが殺しは至って単純だ。背中から一太刀、見事なまでの致命傷だとさ。火傷や咬傷跡はあるが、まずは刑事課(あちら)のヤマさ」

亘志朗「そうですか…」

上官は律儀に窓から煙を吐き出すと、肩を落としている亘志朗へ向き直る

銅陸奥「しょげてる暇はないぞ。お前の本日の任務は鬼火騒ぎの調査だ」

亘志朗「鬼火?」

瑠璃「昨晩に見かけた人がいらっしゃるそうです。よく動く火だったと」

銅陸奥「こっちの方が魔事課(うちら)らしいとのお達しだ。三國と白洲、二人で行ってこい」

亘志朗・瑠璃「「はい!」」


瑠璃「先輩も随分昨日の事件にご執心ですね」

鬼火調査のため目撃者の家に向かう途中、瑠璃は亘志朗に尋ねる

亘志朗「それはそうさ。論文を学会に推薦されるってことは、それだけ魔法に精通している訳だろ? 防御魔法を使って何もおかしくないのに」

亘志朗は首を傾げる

瑠璃「東京帝国大学魔法研究学科、知識のみならず実務も重視していると聞き及んでいます」

亘志朗「つまり斬撃から身を守る術は習得していた。本当に不意打ちか咄嗟に使えなかった理由があったか…とここだ」

目撃者の家に着き、木造の門扉を叩く。ベンベンとあまり良い音はしない

亘志朗「ごめんください。魔事課の三國です」

少年「誰だお前は」

ガタガタと扉が開き、半身を出して少年が出てくる。胡散臭そうに三國達をにらむ

亘志朗「鬼火の事件を追っている。知っている人はいるかい?」

少年「俺だけど」

亘志朗「そうか!話を伺って…」

少年「断る」ピシャ

亘志朗「…話を伺って良いか?」ガラッ

少年「なんだよ!?俺は偉ぶってる奴が嫌いなんだよ!!」ピシャ!

亘志朗「どこが偉ぶってるんだよ!?」ガラッ

口喧嘩と扉の開け閉めが繰り返される。瑠璃がそっと扉を止める

瑠璃「松山実(まつやま みのる)くんですね。私達は鬼火の正体を知りたいんです。昨晩の事、見たことだけで構わないから教えていだけませんか?」

瑠璃の柔和な雰囲気に、少年は横目を向き、

実少年「…まあなんだ、入れよ」

随分と態度が違う

亘志朗「白洲くんがいてくれて助かったよ」

瑠璃「そうですか?」華族スマイル


家の中、和風の家でちょっと古めかしい

実「ふーん、魔事課ね。どんな事してるんだ?」

亘志朗「不思議な事件を解き明かす仕事さ」

実「分かんねー。白洲、何なんだ?」

瑠璃「そうですね、例えば村一帯が神隠しにあった事件を追ったことがあります」

実「おお!なんかすげー面白そう!」

ちらりと仏壇が見える。両親は…いないようだ。瑠璃に懐いた実少年は色々と魔事課について尋ねてくる

実「ばあちゃん、お茶出してよ!白洲とあともう一人ね」

亘志朗「さっき名乗ったろ。三國亘志朗だ」

実「じゃあ亘志朗にも一つな!」

亘志朗「白洲くんは苗字で僕は名前か…」

それにしてもさっきから鬼火について全然話さない

実「なあ亘志朗、死ぬ時に抱えてるものってやっぱり大事なものか?」

亘志朗「うーん…大事だと思うな。死んでも離したくないものだったり、守りたいものなのかもしれない。その人に訊かないと分からないだろうけど」

実「そっか」

亘志朗「どうしたんだ突然?」

実「んーなんでもない」


頭を掻き、実少年は立ち上がる

実「よし!鬼火について話すからさ、なんか食べさせてよ」

亘志朗「それはきちんと話してからだろ。働かざるもの食うべからずさ」

実「なんだよケチだなーいいじゃんちゃんと話すからさ。今食べたいんだよー」

こうなると止まらない。どうしたものかと思案していると瑠璃がさらりととんでもない提案を言おうとする

瑠璃「仕方ありません。うちからシェフを呼b…」

亘志朗「わー!出店の団子を買ってやる!!それでいいな!?」

実「やだ。パフェってやつを食いたい」

亘志朗「ぱ、ぱふぇか…」高い

亘志朗も食べたことのない高いものを要求された。しかし瑠璃の言うシェフの料理はそれ以上の贅沢品だ

亘志朗「仕方がないな…」

実「よっし!」

無銭飲食だけはあってはならない。持ち合わせを確認する亘志朗を尻目に瑠璃と実少年の話は続く

瑠璃「パフェは素晴らしいものですよ。幼少の頃は毎日ねだってしまいました」

実「すげー」

…華族とは恐れ入る……

「……」

―実少年の家から少し離れた石垣の角、人が立っている。下半身の袴のみが見える


亘志朗達は実少年を連れて日本橋のカフェーへ向かう

煉瓦で舗装された道を実少年は上機嫌で闊歩する

実「そういえば亘志朗はどんな事件を担当したんだ?」

亘志朗「僕はここに住む人の平和が守られるように働いている。それだけだ」

実「えー、つまんねーのー」

特別な事件などを期待していたようだ。露骨にがっかりされる

亘志朗「大事なことだぞ。犯人が捜すにしても捕まえるにしても、それで困る人が出るのは避けなくてはならない」

実「ふーん…分かんねえけど魔事課は色々頑張ってるってことか」

と、ざわりと背後から妙な気配を感じとった

半身を翻し叫ぶ

亘志朗「後方だ!!瑠璃!」

瑠璃「! はい!」

瑠璃は手を掲げ半球の防御壁が三人を覆う

実「な、何だよこれ!?」

甲高い風鳴り音と共に、壁に衝撃が走る。頭上のガス灯は割れ、防御壁には斬撃のような筋のヒビが入る。僅かに風が漏れ入る

瑠璃「くっ!」

咄嗟の発動であることを差し引いても強い魔法だ

実少年をマントで庇いながら、亘志朗は斬撃が飛来した方角を睨む

角へ向かって動く人影がチラリと見える。羽織袴が一瞬目に映る


亘志朗「瑠璃!実を任せる!!」

防御壁を抜け、角へ向かって走る。しかし斬撃の余波の突風が周りの通行人を煽る

亘志朗「大丈夫ですか!?」

転んだ人を抱き起こしたりと手を貸し、急いで角へ向かう

角を回ろうとし…

「「うわっ!!」」

人とぶつかり、お互いに転倒する

亘志朗「申し訳ありません!怪我は!?」

男「え、ええ大丈夫…」いたた

眼鏡をかけた若い男は洋服の埃を払う。他には誰もいない。嫌な気配も消えている

亘志朗「見失ったか…」

男「何か事件でも?」

亘志朗「ええ、このあたりで怪しい人物を見かけませんでしたか」

男「怪しい人というか…恐ろしい顔付きの男がこちらを睨んですぐに走り去っていきましたが」

亘志朗「その男の特徴は!?」ズイっ

メモを取り出す

男「中年で、羽織袴を着ていました。こちらを睨んですぐに走り去っていきましたが」

亘志朗が一瞬見た服装と一致する。人相を尋ねると、睨まれただけに男は羽織袴の男の人相を多少覚えていたようだ

凶悪な顔つきの浪人といった出で立ちだ。粗方描いていくと男が尋ねる

男「一体どんな事件なんです?えっと…」

亘志朗「ああ申し遅れました、魔事課の三國です。ここまでのご協力、本当にありがとうござ…」

男「ああ魔事課のお巡りさんですか!お会いできて光栄です!!」

両手でガッチリと笑顔で握手される

亘志朗「え…?」


カフェーに瑠璃、実少年、眼鏡の男が座っている

襲われたことを電話を借りて報告し、亘志朗は席に戻る

亘志朗「上官が合流する。それまでここで待機だ」

実「じゃあ何か頼まないとな」

合流までの間に、実少年はパフェにありつこうと言うのだ

豪胆というか食い意地が張っているというか…

実「助かったよ白洲さん。あ、亘志朗もありがとな」

瑠璃の呼び方が変わっている。敬意を率直に示す子のようだ。しかし…

亘志朗「僕だけ呼び捨てのままなのか」

実「だって活躍してないじゃん」

実際攻撃を防いだのは瑠璃であり、また亘志朗は犯人を取り逃している。素直に瑠璃の株が上がったことだけを喜ぶべきか

目の前で使ったことで実少年には魔法の存在はバレてしまっている。隠し立ては止めることにした

事件に巻き込まれる形で魔法の存在を知られることは多い。実少年のようにすんなりと受け入れられることは珍しいが

当の実少年は眼鏡の男をじっと見る

実「で、このおっちゃん誰?」

おっちゃん「おっちゃ…、私は東京帝国大学で魔法の研究をしている者です」

<東京帝国大学教授:広瀬海明>

若くして東京帝国大学の教授だ

広瀬「日本各地の家々に伝わる家伝魔法を取りまとめています。魔事課の課長さんにはその際お世話になりました」

以後お見知りおきを、と広瀬は名刺を配る。写真入りと手が込んでいる

瑠璃が亘志朗の知りたい情報へと水を向ける

瑠璃「魔法研究学科ということは、昨晩の事件の被害者が在籍されていたとお見受けしますが…」

広瀬「ええ、先程警察の方が研究室に参られました。彼の人となりや、私がその晩どこに居たかなど尋ねに。その時私は知人と居たので容疑からは外れるそうですが」

知人と会っていた場所が、犯行現場からは遠く離れていることも要因だろう

広瀬「…彼は非常に研究熱心でした。その努力の甲斐もあり学会に推薦をしていたのですが。残念です」

亘志朗「一刻も早い事件解決に向けて、担当課も捜査を行っています。犯人は必ず捕まえます」

広瀬「お願いします。でなければ彼も浮かばれないでしょう。研究ノートも奪われてしまったようで」

瑠璃「ノートですか?」

広瀬「いつも肌身離さず持っていたんです。しかし現場には残されていなかった」

話の最中テーブルの木目をなぞっていた実少年が、初めて広瀬の方に目を向ける

広瀬「せめて彼の成果だけでも歴史に刻むことができればと思ったのですが…」

広瀬は肩を落とす


実「俺の鬼火の話は大事じゃないのかよ」

実少年には実感のない話だったようだ。むくれている

亘志朗「じゃあ話してくれるか」

広瀬「おや、なんです?鬼火というのは」

広瀬教授が乗っかってくる。先程と打って変わって興味が先行した表情だ。これが研究者というものか

実「昨日の夜さ、芝区の路地裏で見たんだよ。火が歩いてるの」

亘志朗「歩く?浮いているんじゃなくて?」

実「歩いてるんだよ。ズルズル~って音がしてさ、ボーボー燃えてるの。俺は思ったね、化け物だって!」

亘志朗「まるで怪談だな」

瑠璃「ええ」

これがはたして鬼火「事件」と言えるのか…

実「俺だってそれで終わってたら通報しないって。火が遠くに行ったあと、人が倒れてたんだ」

その一言で亘志朗と瑠璃の表情が変わる

実「なんか引きずられてたみたいでさ、死んでるみたいで怖くて俺逃げちゃったんだ」

亘志朗はふと思い至る。芝区の路地裏、炎…

(ひょっとしてこの事件、繋がっているのか…?)

瑠璃も同様だったようだ。二人で顔を見合わせる

実「なんだよ皆して黙って。事件だろ、人を襲う鬼火」

亘志朗「あ、ああ。そうだな、調べた方が良い。場所を教えてくれるか」

亘志朗は地図を手書きで示しながら実少年の話を聞く。瑠璃は広瀬教授に静かに尋ねる

瑠璃「教授、炎を自在に操る魔法はございますか?」

広瀬「今の話が魔法ということなら、単なる炎の魔法ではないでしょうね」

瑠璃「調べていただけますか?」

広瀬「勿論です。捜査協力は惜しみませんよ」


ここでパフェが来た。待ってましたと実少年は満面の笑みで食べ始める

広瀬「研究がありますので私はここで。勘定は出しておきましょう」

亘志朗「教授、それはいけません!貴方も捜査協力者ですから」

広瀬「いいんです。その代わり、事件解決への尽力をお願いします。また会いましょう。実君も」

勘定を持って行き、颯爽と店を後にする広瀬教授を見て、実少年は胡散臭そうに眺めやる

実「なーんか信用ならないなー」

亘志朗「奢ってもらっておいてその言い草か。僕達の時もそうだったが、もっと人を信頼した方が良いぞ」

実「亘志朗はもっと疑った方が良いと思うぞ。関係ないのに奢るなんて怪しいじゃん」

実少年は黙々とパフェを頬張る

瑠璃「高い地位にいる者は、社会への責任を全うする意識が求められるものですよ」

実「どーいうこと?」

亘志朗「偉い人ほど皆のことを思いやった行動をとるべきってことさ」

瑠璃の持論である。警察官になった経緯もここからなのかもしれない

パフェを食べ終わり、一息ついたところで銅陸奥上官と合流する


店の外、瑠璃に実少年を家まで送っている間に亘志朗は銅陸奥上官に先程の襲撃事件の詳細を報告した

実少年の見た倒れた人物は、やはり斬殺事件の被害者であった

銅陸奥「なるほど、報告は分かった。お前は松山少年を狙ったものと考えているんだな」

亘志朗「教授が目撃した羽織袴(おとこ)が何かしら絡んでいると見ています」

広瀬教授から聞いた人相を描いたメモを上官に差し出す

銅陸奥「知ってる顔だ。昔剣術稽古指南役として世話になった」

亘志朗「! 今はどこに?」

銅陸奥「さてな、指南役を辞めて久しいからな。探すには手間だ」

上官は紫煙をくゆらせる

銅陸奥「ともかく、松山少年が鍵だ。斬殺被害者が遺棄された直後にその場にいたということは何かを見ている可能性もある。そしてそれを犯人が察知していた場合…」

亘志朗「消す、と?目撃者とはいえまだ子供ですよ!」

銅陸奥「理由はどうあれ、現に少年を狙ったと見られる襲撃が目の前で起こったんだ。そう考える事もありうるって話だ」

己の利益のために子供の命を奪う冷酷な意思を想像し、亘志朗は静かに拳を握りしめた

亘志朗「上官、僕に実を警護させてください!」

銅陸奥「…いいだろう、ただし白洲と交代で打。きちんと守れよ」

亘志朗「はい!!」


その日から亘志朗と瑠璃は交代で実少年の護衛を行うことになった

実「白洲さんはともかく亘志朗じゃなー。魔法使えるの?」

亘志朗「勿論だ。身体を強化する魔法さ」

実「へー、他には?」

亘志朗「それだけだ」

実「たった一つで自信満々な顔するなよ!」本当に大丈夫か!?

実少年の不安を余所に、襲撃はなかった。羽織袴の男の足取りは

三日経ち、広瀬教授から魔法を推察した文章が届く

それによると炎を自在に操る魔法は『澱灯狼(でんとうろう)』、斬撃を飛ばす魔法は『空破(くうは)』が有力とされた

亘志朗「この『澱灯狼』というのは…」

銅陸奥「炎の狼を形作り、自在に操る魔法だ。死体を担いで運ぶのも可能だ」

瑠璃「火傷と咬傷跡も特徴と一致しますね」

銅陸奥「『空破』は逆に基礎魔法だな。習得者が多すぎる」

あの羽織袴が習得していたなら、斬殺と襲撃はできる。鬼火については協力者が居るのだろうか…

考え過ぎても仕方ない、と亘志朗は切り替える。元々こういうことは苦手な性質だ

亘志朗「警護に行って参ります!」


実少年の家に着く

亘志朗「ごめんください、三國です」

扉を開けたのは実少年の祖母だった。いつもは実少年がすぐに開けるのだが…

亘志朗は中に入る

亘志朗「どうした、実」

実「…うん」

座ったままうつむいている。明らかに元気がない

「そなたが三國警官か」

亘志朗「!?」

扉のすぐ裏に男が居た。中年の細身、服装はくたびれた羽織袴で一昔前の侍を彷彿とさせる

亘志朗はその凶悪な顔と出で立ちに既視感を覚えた

亘志朗「人相書きの…、何者だ!」

飛びずさり実少年の前に立つ。事件に関わる人物なら二人を守らなくてはならない

居合の構えを取り、全身に力を込める。剣術稽古指南役ならば相当の腕であることは間違いない

羽織袴はゆっくりと腰を沈め、

男「儂の名は古木 仁斎(ふるき じんさい)。その子に代わって、そなたに謝らなくてはならん」

両拳を付き、深々と頭を下げる

古木「すまなかった」

話が全く呑み込めない亘志朗は、居合の構えのまま動くことが出来なかった


実少年の家の裏手、橋のたもとで亘志朗は羽織袴の男と二人向かい合っていた

亘志朗「まさか先生とは知らず、失礼しました」

古木「いやなに、慣れておる。何せこの顔だ。子供らも怖がってな」

かつて剣術稽古指南役であった古木は、体を壊し指南役を辞した後は私塾で子供らに読み書き手習いを教えているという

実少年はその塾の教え子だった

古木「あの子の親には世話になっていてな、早くに亡くなってからは儂が時々様子を見ておった」

古木にとって実少年は教え子だけでなく、家族に近いものだったのだろう。人を寄せ付けない顔は僅かに綻んでいる

亘志朗の視線に気づいたのか、古木を口を真一文字に結び直す

古木「本題に入る。あの子に代わって謝りたい」

亘志朗「それは一体どういうことなんですか?」

古木「あの子は悪さをしたのだ。他人のものを盗んだ」

亘志朗は黙って古木の話に耳を傾けた

古木「先程そなたが来る前、あの子から話を聞いた。鬼火を見たという晩、倒れた人物は書物を抱えていたそうだ…」

鬼火事件での倒れた人物、斬殺事件の被害者であった学生が放置された後、実少年は学生に駆け寄った

何度か揺するが、既に事切れており反応はない。その時、学生が抱えていた書物が零れ落ちた

何とはなしに書物を手に取った時、鬼火の唸り声が聞こえ、書物を手にしたまま慌てて逃げ去ったという

古木「そなたらと一緒に居る内は、とても言えなかったそうだ」

亘志朗「そんなことが…」

古木は懐から煤けた本を出し、亘志朗に手渡した。焦げ目はあるが、被害者の名前がかろうじて読めた

古木「面と向かって渡せないからと儂に渡して来よったので叱り飛ばしたが、あの子もばつが悪いのだろう。どうか許してやってほしい」

再び頭を下げる古木。亘志朗は告げる

亘志朗「…盗みをしたことは悪いことです。そのことについて先生が叱ったのなら、もう僕が叱ることはありません」

古木「本人は捕まるのではないかと心配しておったが」

亘志朗「そこまで怖がったのなら、それが罰になるでしょう。それに、僕が捕まえるべき相手は別に居ます」


古木「別とは、あの子が襲われた事件の犯人か?」

亘志朗「ええ。実が事件に巻き込まれたこともご存じなんですか」

実少年から話を聞いているのかと思ったが、それは違うという

古木「ここ数日塾に顔を出さなかったものでな、あの日はあの子の家に寄る予定だったのだ」

家の前まで着いた時、古木は亘志朗達を見かけた

古木「あの子が警察の者と一緒にいるのを見てただ事ではないと思った。居てもたってもいられず、失礼ながらそなたらを付けていた」

亘志朗「では、あの現場にも?」

古木はゆっくりと頷く

古木「あの時何が起こったかのは全てではないが大よそ分かった。あの飛ぶ太刀筋、『空破』は剣術家でも腕利きの者のみが使っていたのを覚えている。何故あの子が襲われたかは分からんが、誰の仕業か見極めなければならぬと思い追ったのだ」

市民を助けていた亘志朗に先んじて、古木は路地へ入ったという事だ

古木「だが、剣客と思しき者は見当たらなんだ。唯一見たのは眼鏡をかけた男だったが、とても剣術の心得があるようには見えなかった」

亘志朗「! それはもしや、この人では?」

亘志朗は懐から広瀬教授の写真入り名刺を取り出し、古木に見せる

古木「うむ、まさしくこの者だ。屋根裏に生えたもやしのような体つきだった」

その話が本当なら犯人は別にいることになる。古木への疑いを晴らす必要もある

亘志朗「もしかしたら、互いに斬撃というものに囚われ過ぎていたのかもしれません」

古木「あれは剣客によるものではないと? ならば一体…」

その時、実少年の悲鳴が聞こえた


亘志朗達は実少年の家へと駆ける。家の扉は開いている

亘志朗「実!」

居ない。家中に犬の足跡のような焦げ目が付いている

実少年の祖母が居間から這うように出てくる

祖母「孫が、鬼火に攫われたよぉ……」

亘志朗「『澱灯狼』だ…」

警護対象から離れた自分の責任だ。亘志朗は唇を噛む

亘志朗「急いで探さないと!」

古木「三國殿、あれは?」

古木の指差した玄関に、封に包まれた紙が落ちている。開くと焦げたインクの匂いがする

『12番倉庫ニテ待ツ 研究ノートヲ持ッテコイ』

亘志朗「被害者のノートを…?」

古木「頼む三國殿、あの子を、実を助けてくれ」

古木にこの場を頼み、亘志朗は走り出した


銅陸奥上官と瑠璃と合流し、車で12番倉庫へと向かう

亘志朗「僕の責任です。どんな処分も覚悟します」

銅陸奥「後にしろ。このノートは犯人にとって人質をとってまで手に入れたいものらしい。一体何が書いてあるんだろうな?」

運転席から銅陸奥上官は煤けたノートを亘志朗に手渡した。亘志朗はページをめくっていく…

亘志朗「これは…」

端から端まで細かく書かれたノートの最後のページ、そこには研究で集めた家伝魔法の情報を海外へ売り飛ばす計画について書かれていた。最後に大きく書かれた一文

『首謀者の名は、広瀬海明』

銅陸奥「あの大学の教授は、随分とあくどいことを考えていたようだ」

瑠璃「この学生は教授の企みを知っていたのですね。そして、殺された」

銅陸奥「邪魔になったんだろう。斬撃という魔法以外でいくらでも行える殺人方法を選んだのも、自分への疑いを逸らすためだ」

亘志朗「被害者を『澱灯狼』で引き摺ったのは、犯行時刻と場所を狂わせ知人と会う時間を作る為…」

銅陸奥「さて、推理は終わりだ。救出作戦について説明する…」

港近くの倉庫に着き、車を停めた


12番倉庫、東京帝国大学の備品倉庫の一つである

亘志朗は両開きの扉を開く。暗がりの中、ろうそくが幾本も灯り人影を映す

亘志朗「広瀬海明ッ!」

広瀬「おやおや、穏やかじゃないですねぇ皆さん」

広瀬は笑みを浮かべ3人と対峙する。隣には実少年が縛られている。意識はあるようだが、ぐったりとしている

瑠璃「実くんを、離しなさい!」

瑠璃と銅陸奥上官は銃剣を構え、亘志朗は刀に手を掛ける

広瀬「その前にノートを渡してもらいましょうか。そうすれば返してさしあげましょう」

銅陸奥「…受け取れ」

銃を下ろさせ、銅陸奥上官はノートを広瀬の足元に放った

広瀬「クク、話の分かる人で良かった。では返しましょう…」

実少年が突き飛ばされる。亘志朗が受け止めた時、重い感触が体を包む

広瀬「魔法付きでね!『呪縛錠!!』」


冷たく光る鎖が四人を縛り上げる。ジャラジャラと鎖が鳴り、錠が固く体を締め上げる

瑠璃「み、身動きが…!」

銅陸奥「しかもこいつ…魔法を封じやがるな……!?」

広瀬「どうしたぁ? 実少年を助けたら手筈通り攻め込むんじゃなかったのかぁ、三國亘志朗ぉぉぉ」

亘志朗「なぜそのことを…!」

広瀬「ヒントをやろうかぁ? 屋根裏に生えたもやしだ」

亘志朗は目を見開く。それは広瀬を指した古木の言い回しだった。広瀬はおかしくて堪らないという表情だ

広瀬「ようやく分かったかぁ! 貴様らの話など筒抜けよ。交代して警護していたことも、ガキが本を他人に渡したことも、私が犯人だと知ったことも、全部聞こえてるんだよぉ!!」

今までのこちらの動きは全て読まれていたというのだ

銅陸奥「盗聴魔法を仕込んだってわけか…」

瑠璃「……名刺、ですね」

銅陸奥上官と瑠璃の指摘に広瀬は鼻を鳴らす

広瀬「ご名答!家伝魔法には便利なものもあってなぁ、研究の合間にちょっとやれば覚えてしまう。まあ、頭が良いから仕方ない」


広瀬「そのガキを殺るために配ったものだったが、まさか研究ノートの所在まで分かるとはなぁ。運が良い」

ろうそくの火を広瀬は倒していく。炎が荷物に移り、瞬く間に燃え盛る

広瀬「そしてぇ! 貴様らを生かして返さんッ!『澱灯狼ぉッ!!』」

火の手が一瞬にして炎狼に姿を変え、4匹が4人を取り囲む

亘志朗「こいつは!?」

広瀬「集めた家伝魔法の一つよぉ!習得者も少ないA級魔法ッ。意のままに操るには才能が必要だからなぁ」フハハハハハ

広瀬は背中を仰け反らせ見下す姿勢を取る。往来で見せた人の良さなど微塵もない。これがこの男の本性か

瑠璃「こうして魔法を封じて、被害者を手に掛けたのですね」

広瀬「手伝いの見返りに推薦までしてやったが、この期に及んでビビりやがるもんでなぁー」そんなの聞いてませーんって

広瀬「目途も付いて片付けるには丁度良かったんでなぁ。 そのガキの位置だったな、背中からバッサリ、いかせてもらったよ」

広瀬に目を向けられ、実少年は青ざめる

銅陸奥「成程。あとは邪魔な俺達を犯行現場であるここ諸共消し去ろうって訳だ」

広瀬「今更分かっても遅い遅いぃぃ…頭のデキが悪いと分かった所でもう手遅れだ。自分の脳味噌を恨んで死ねえ!!」

広瀬が右手を掲げると一斉に狼が襲いかかる

銅陸奥「三國、使え!」

亘志朗「はい!!」


亘志朗「神力…解放!!」

亘志朗の上腕から筋繊維を伝うように光が迸り、巨人の如き膂力で鎖の呪縛をバキンとこじ開ける

亘志朗「抜刀『斬魔の環(わ)』!」

居合の構えから一気に抜刀し、輪を描くように4頭の狼全てを一閃で斬り伏せる。狼は形を保てず火の粉を散らし、霧散する

広瀬「な、何ぃ…!!?」

予想外の行動に広瀬の笑みが消えた。苦々しく亘志朗を睨み付ける

広瀬「貴様ぁ、呪縛錠を外すような力を持つというのかぁ!?カラスよりも頭の軽そうな貴様がぁー!!」

亘志朗「広瀬海明!お前を逮捕する!!」

広瀬「会話をしろ阿呆がぁーー!!!」

他の者の呪縛錠が解ける。同時に炎が集まり巨大な龍へと姿を変える。床が焦げ、熱気が部屋を覆う

広瀬「『澱灯龍(でんとうりゅう)ぅぅ!!!』天才の私が編み出したA級魔法よぉぉ!!!骨まで燃えろ!!」


亘志朗「抜刀『水薙鳥』!!」

亘志朗は体を沈め低姿勢で駆け、龍の手前で一転弧を描くように跳ぶ。首を斬り伏せようとした時、龍は口を開き大量の炎を吹きつけた

亘志朗「くっ!!?」

咄嗟に炎を斬り裂くが、その隙を突き龍が体を唸らせ亘志朗にぶつける。亘志朗は壁まで吹き飛ばされ、叩きつけられる

亘志朗「……ッッ!!」

瑠璃「先輩、しっかり!」

瑠璃が駆け寄り、体を起こす。

亘志朗「回復はいい、あいつの思考を読んでくれ」

瑠璃「『浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)』を使っている間は、他の魔法は使えませんよ」

亘志朗「何よりその魔法が必要なんだ。頼む、瑠璃」

瑠璃「…無茶はしないでくださいね?」

亘志朗「ありがとう、恩に着るよ」

実「こ、亘志朗……俺…」

実少年は今にも泣きだしそうだ。恐怖からか、きちんと謝れていないからか、言葉が出てこない

亘志郎は実少年の頭にポンと手を置く

亘志朗「大丈夫だ、実。瑠璃の後ろに付いているんだ」

亘志朗は立ち上がる

「実を傷つけ、古木先生を貶めた卑怯なあいつを、僕は決して許しておけない」


銅陸奥「復活したか三國」

亘志朗「上官、あの龍を斬れば奴は止まりますか?」

銅陸奥「どうだかな。一筋縄じゃいかんだろ。かといって直接本人を狙うことも誘いかもしれん。それでもだ」

亘志朗「やるしかない、ですね」

銅陸奥「広瀬の思考は読めたか、白洲」

広瀬を見据えている瑠璃の瞳が輝き、思考の波を掬い取る。相手の企みを全て見透かす『浄玻璃鏡』だ

瑠璃「『あのバカの体を捩じり上げて首をへし折ってやる』『耄碌とガキはこの場で火葬してやろう』『女は…』口外するに躊躇われる行為をするそうです」

銅陸奥「下世話なことまで考えを巡らせているわけだ。余裕なこった」

亘志朗「一気に決めましょう」

銅陸奥の小銃から銃弾が放たれる。広瀬は防御壁を作り弾く。同時に炎龍が三國に向かう

亘志朗「神力『速駆け』」

息を止め、つま先から背筋まで光が流れる。銃弾のような速さで駆け込み炎龍を潜り抜け、広瀬の背後に回る

亘志朗「ぜぇええい!!」


斬撃は弾かれる。防御壁は円のように広瀬を覆っている。直接狙いは外れだ

瑠璃「『尻尾』です!!」

炎龍の長尾がしなり亘志朗に叩き込まれる。が、瑠璃の声のおかげで攻撃を和らげられた

衝撃を逃がすように後方へ下がり、亘志朗と銅陸奥で挟み込む形になる

銅陸奥の小銃が再び防御壁へ打ち込まれる。亘志朗へ意識を向けさせた上で同じ場所を狙った銃弾は、しかし壁に穴を開けるには至らない

広瀬「碌に手も出ないヘボ三人で、どう逮捕するつもりだぁ~? 考えつくかぁ?能無し!能無し!能無しッ!!の三人でぇ!!」

銅陸奥「その能無しに正体を突き止められた阿呆はお前さんだろ?」

広瀬「あぁん?」

銅陸奥上官の言葉に広瀬は気分を害したようだ。あからさまな挑発だ。注意が一気に上官に向けられる

助かった。神力の連続使用は著しく体力を削る。『速駆け』で更に呼吸を乱していた亘志朗はゆっくりと息を整え、機会を伺う

銅陸奥「天才教授の正体は能無し三人、いやたった一人の少年に突き止められる程度のヘボ頭だったと。明日の朝刊の見出しはこんなもんだわな」

広瀬「ジジイ…、先に燃やしてやろうか」

銅陸奥「まだ捕まらないと思っていやがる。おめでたい頭でも教授はやれるらしいな」

銅陸奥が鼻で笑うと同時だった。広瀬が右手を挙げ瑠璃が叫ぶ


瑠璃「『全員』です!!」

炎龍は火を噴きながらのたうち銅陸奥と亘志朗を狙う。広瀬は懐から小刀を取り出し瑠璃へ『空破』を撃ち出す

衝撃に倉庫が揺れる。荷袋は燃え盛り、製品が飛び散った。広瀬の笑い声が響く

広瀬「ひぁーはっはっは!!! 天才にぃぃッ!A級魔法にぃぃッ!敵わないことを身を持って教えてくれるわ!!!」

煙が立ち込め、視界が狭まる。広瀬は炎を更に龍に集めようとする。…が、ここで違和感に気づく

広瀬「……炎が、少ない?」

銅陸奥「その通りだ」

煙からおびただしい数の炎狼の群れが飛び出し、一斉に広瀬の防御壁に襲いかかる

広瀬「なあぁぁッ!?『澱灯狼』だとぉ!?」

銅陸奥「お前さんの龍が存分に炎を吐き出し、物に燃え移りもしたからな」

ふぅー、と煙の奥から銅陸奥が現れる

銅陸奥「補給を断ち、手駒を増やし、火消しを行った。ついでに魔法の使い方がなってないから参考までに教えてやろうと思ってな」

広瀬「す、数十頭を、同時に操るだとぉぉ…。貴様がぁぁぁ?」

銅陸奥「なに大したことじゃない。頑張れば二百頭はいけるからな」

広瀬の顔が怒り以外の表情に引き攣る。防御壁が音を立てて軋む。一斉に攻め立てられ慌てたように炎龍で炎狼を払いのける

広瀬「は、ははは!!そうだ、数が多くとも所詮は小物ぉ!!こいつに勝てる奴などありはしないッ!!」

銅陸奥「どうかねそいつは」

煙の奥から、亘志朗と瑠璃の姿が見える。後ろには実少年。周りの煙は瑠璃の魔法が防ぎ、亘志朗は目を閉じて深く呼吸を重ねている

銅陸奥「時間稼ぎは終わったぞ。きちんと片を付けろよ」

亘志朗「…はい!!」

ゆっくりと目を開き、炎龍を見据える。光は全身を駆け巡り、静かに居合の構えを取る


亘志朗「行くぞ、広瀬海明!」

広瀬「纏めて葬ってやるわぁ!!」

広瀬は炎龍を亘志朗へ向け、更に『空破』を放つ。斬撃と共に炎龍の火炎が亘志朗に迫る

亘志朗「神力、全開ッ!!」

突風のように早く真っ直ぐに駆ける。全身を迸る光は斬撃を弾き、襲い来る炎を跳ね返す

火炎の波を抜けると龍は目の前。亘志朗は居合の構えのまま跳躍する

広瀬「なんだとッ!?」

亘志朗「抜刀『弐の太刀いらず…』」

炎龍が大口を開け、燃え盛る牙を突き立てようと迫り…

亘志朗『屠龍(とりゅう)!』

縦一閃。光の筋が走った一瞬後、炎の龍は開きのようにぱっくりと左右に割れる。その後ろに居た広瀬にも光の筋が迫る

広瀬「!!? うわあああああぁぁぁぁぁ!!!?」


炎龍は霧散し、防御壁は寸断され、広瀬一人だけが立ち尽くしている。服は真っ二つ、下着だけ(と靴下と靴)が残った

広瀬「ば…かな……A級魔法が…私の、最高の魔法が……まけ、た」

銅陸奥「教えておいてやろう。お前が散々馬鹿にしてきたそいつが使っている魔法は、S級だ」

広瀬「へぁ…!?」

銅陸奥「馬鹿の一つ覚えにひたすら鍛錬に歳月を重ねた末に会得した魔法、『神力』。まあ天才教授にとっちゃ大したことないものだろうが」

広瀬「エ、エスえすえすSSS級ぅう…」

ガクゥ、と膝を折り、口を開けっ放しの広瀬の前に亘志朗が立つ

広瀬「き、貴様…、どこでその魔法を……。S級魔法なんて…日本中はおろか、歴代魔法使いでも会得した者は極僅かだというのに……一体…?」

亘志朗「広瀬海明……」

亘志朗「お前を逮捕する!!」ガチャ

広瀬「だから会話をしろぉぉぉ貴様ーーッ…!!!」阿呆ー!!

泣き喚く広瀬を連行する途中、実が亘志朗を呼び止める

実「ごめん、亘志朗、…さん!ありがとう!!」

亘志朗「らしくないな実、呼び捨てで良いぞ」

亘志朗と実少年はニカっと笑い合った


後日、広瀬海明の逮捕の新聞が世間に出回った

記事には学生の研究ノートを盗んだ罪と備蓄倉庫に火を点けた罪で逮捕とある

瑠璃「これから重い余罪も入ってきて、罪は軽くなりそうにないですね」

瑠璃は広瀬の下衆な思考を読み続けることになり、相当に印象が悪くなったようだ

銅陸奥「そこにある窃盗罪が奴にとっては一番堪えるだろうがな」

亘志朗「どういうことです?」

銅陸奥「研究者にとって、研究内容を盗むことは最も忌むべき犯罪だからだ。その研究はおろか以前以後の研究もどうあっても盗作を
疑われ、信用も失墜する。研究者としての死刑宣告に等しいだろうよ」

瑠璃「彼の犯した罪の中で、最も刑の軽い罪こそが最も重く彼を罰するわけですね…」

何とも皮肉な話である

亘志朗「警邏に行ってきます!」


警邏中、塾に行く子供たちの中に実少年が居る

実「亘志朗ー、お勤めご苦労さん!」

亘志朗「おはよう実、古木先生からちゃんと教わってるか?」

大正の世、人々を脅かす魔法が暗躍する時代。平和を守る為、本日も警察官は町を巡る…


終わり

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最終更新:2013年06月23日 20:34