【ナラ殺伐都市/カラオケ・ヤキニク・ドウソウカイ・アンド・ヘル】
京太郎「どーもー、ご紹介に預かった須賀京太郎でーす」
とりあえずフランクな感じで行ってみようか。
サプライズで現れた芸能人的なノリで。
出方を伺うのだ。この場の酔い具合を判別しなければ動きようがないのである。
憧「なによ、そのよそよそしいの」
京太郎「いや、よそよそしいって……」
憧「ねー、しずー? そう思うよねー?」
穏乃「うぇっ!? わ、私……?」
憧「よそよそしいよねー?」
穏乃「え、いや……その……」
オイ誰かこいつ黙らせろ。
頼むよ(懇願)。
口に何か捩じ込んでくれよ。頼むから。
玄「え、穏乃ちゃんと京太郎くんは知り合いなの?」
穏乃「は、いやその……はい」
京太郎「そうですね。高校の頃からの知り合いなんですよ」
穏乃「……!?」
玄「へー」
京太郎「たまたま阿知賀に遊びにきたときに知り合ったんですよ……だから、こっちともそんときからの知り合いで……」
憧「こっちってゆーな! 新子憧って名前があるのよ!」
京太郎「……。まあ、憧と穏乃とはそのときに顔を会わせましたね。初めて」
玄「へー、そうなんだ」
玄「そのときもうちに泊まってくれればよかったのに……」
京太郎「いやー、泊まりは市内の方でしてたんで……」
嘘は言ってない。
一切、嘘は言ってない。
誤魔化しはしたけどな。
玄(そんなに昔からなんだ……)
玄(確か、憧ちゃんとは大学が一緒だった筈だから……もしかして)
玄(仲も良さそうだし……憧ちゃんの、恋人だったりするのかな?)
玄(そうだったら……いけないよね)
宥「憧ちゃんとは大学、一緒なんだよね……?」
京太郎「そうですね。まあ、知ったのは入学して顔を会わせてからですけど……」
京太郎「学部も一緒で……そんときは驚きましたね」
宥「へぇ」
玄(……あ)
玄(だったら、憧ちゃんと高校生の頃……お付き合いしてたってのは、ないのかな?)
憧「本当驚きだったわよー」
憧「だって、まさか京太郎ったらシ――」
灼「――ってことは、学部は教育学部?」
流石のインターセプト。
流石の天の道――ちなみに灼の祖母の旧姓は天道だそうだ。どうでもいいが――。
流石の天の道を往き総てを灼き尽くす女。マジ流石である。
……まあ。
鷺森灼は、須賀京太郎が高鴨穏乃と付き合っていたことを知っているし――別段この場で、過去の穏乃との交際を話しても問題はないのだが……。
と、穏乃をチラリと見る。
目を伏せて、首を振った。つまりは――言うなということか。
確かに……。
松実玄、松実宥ともに交際どころか結婚したい逸材ではあるが――その二人の印象が為に、大切な穏乃との関係を“なかったもの”のように扱いたくはない。
別れたとは言え、愛していたのだ。それを腫れ物のように扱いたくない。
そんなことをしてまで、結婚したいなどと嘯くほど――――人間としての誠実さを投げ売るつもりなど、ないのだ。
……あと、別にこの二人と付き合える算段なんてないが。
松実玄には男として意識されてないし(こっちは女として意識してる。いいおっぱいだった)――、
松実宥も――多分、そうであろう(こっちも、こっちは女として意識してる。抱き付かれたときにいいおっぱいだった)。
だけれども、そんなこと云々を抜きとしても、穏乃が嫌だと言うなら言わずに終わりだ。
わざわざ、白日の下に晒して、衆人環視の中で叫びを上げる必要なんてどこにもない。
煙も火もないところに、余計に超ガソをぶっ込むのは、ただの阿呆だ。
憧「そうだけど……あれ、そういえば灼は京太郎のこと知らないっけ?」
灼「……。知ってる」
憧「え、いつ?」
灼「ボウリングで……」
憧「ああ、そっか。そりゃ、顔合わせも済んでるか」
京太郎「お前、顔合わせもしてない奴を内輪の飲み会に連れてくるつもりだったのかよ……」
憧「あー、そりゃ不味いっけ」
京太郎「……不味いだろ。普通は」
どうやら、酔っ払った新子憧さんは相当注意力がウカツらしい。
穏乃との関係を話そうとしたのも、灼にインターセプトされたらその事を忘れたのもそうであろう。
考えると同時に行動、みたいな脳筋状態なのだ。理性のストップがなく、目先の思考だけで行動している。
――さて、となると。
あの逆セクハラ加減からは新子憧さんは、相当なファッキンビッチということになるのだが……。
京太郎(流石に処女は捨ててるだろうけど……ビッチではないはず。だったら軽くショックだ)
京太郎(むっつりだから、なんか男にちょっかい出したくなるのか?)
京太郎(まあ、普段が気立てのイイヤツだから……酔い方があまりよろしくない、程度で流されるレベルだよな)
とりあえず、まだ、セクハラ規模には達してはいないようだ。良かった。
……ちなみにインターセプトした当の鷺森灼は「嘘は言ってな……」って顔をしてる。流石だ。
軽くドヤ顔気味。こけしがドヤ顔。ドヤかわいい。
出会った初めは何を考えているか判らないこけしであったが、些細な表情が読める今となってはかわいいバーニングこけしだ。
灼「……」 プイッ
あ、怒った。
向こうの表情を読めるように、鷺森灼も須賀京太郎の表情を読む。
バーニングこけしとか考えていたのがバレたのだろう。
さて、ではどうするべきか。
とりあえず――新子憧の口を封じなくてはならない。
もちろん、物理的な意味ではない。口を塞ごうとしたら口で塞がれる羽目になるだろう。そうなったらオタッシャしてしまう。
いうまでもなく、物騒な意味ではない。というか世話になった女の子を殺すとかどうかしてる。
ちなみにフランス語で小さな死とは、日本語で言うところの性的な絶頂である。
閑話休題。
灼「とりあえず、座ったらいいと思……」
灼「どぞ」
こいこい、と手招きをされる。
お祖母ちゃん子だったせいか、今までそういう扱いを受けていたのがふとした拍子に出るのであろう。
彼女を少なからず想うようになったのはあの叱咤激励からであるが――かわいいと思ったのは、そんな仕草の数々だ。
なんて言ったら、「つまり、子供っぽいって言いたいの……?」と顔を背けられたのを覚えている。
さて。
通されたその先は――。
宥「あ、お隣さんだぁ……」
玄「ようこそいらっしゃいました! えへへ、なんて言っちゃったりして」
松実ブラザーズに挟まれたその場所である。大乱闘になって欲しくない。
あ、正しくはシスターズだった。
ちなみにこう言われたときにファイヤーな方を想像するか、いっぱいいる方を想像するかで人は別れるらしい。
どうでもいいが京太郎は下着の名前を付けられた天使二人を想像した。閑話休題。
つーかオイ、閑話休題多すぎねーかなコレ。
どんだけ閑話さん休んじゃうんだよ。つーか、閑話さんどんだけ働いてるんだよ。
閑話さんに対する扱いほとんどブラック企業同然じゃねーか。しかも微妙にブラックな閑話率もそこそこだよ。閑話さん過労死しちまうよ。
……なんて言ってる間にまた話がそれていたので――これ、閑話休題。閑話さん休日出勤。
これからは閑話通院とか閑話入院とか表現したほうがいいかもしれない。
……まあいいや。
大体、配置としてはこうなる――片側に、松実玄・須賀京太郎・松実宥。
逆の入り口側に、高鴨穏乃・新子憧・鷺森灼。並び方もこの通りだ。
新子憧が、対面とか不安しかねえ……が、隣に座るよりは断然マシである。いきなり太もも撫でられたり、唇奪われたりしない分。すごく。
宥「お酒飲むとね……ぽわーってするんだぁ……」
京太郎「あ、だから夏なのに熱燗なんですか」
宥「うん」
京太郎「ちなみに、熱燗飲みながらざるそば啜ると……この間みたいな“涼しい”って感じになりますよ?」
宥「そうなんだぁ……」
状態把握。
多分、飲んでも普段とはあまり変わらないタイプだ。今のところ、どれぐらい飲んだのかはわからないけど。
玄「京太郎君、京太郎君」
京太郎「あ、先ほどはどーも」
玄「いっぱい迷惑かけちゃってごめんね?」
京太郎「いいんですよ。チームメイトというか、コンビだったんで」
あぶねえ。今うっかり軽口叩きそうになった。
「玄さんのお手伝いなら、いつだってしたいと思っていますよ。この先の人生でも」とか、
「いえ、こちらこそお礼を言わせてください。あなたのような女性を助けられるなんて貴重な事にめぐり合えて」なんて言わなくてよかった。
ちなみに後者の場合、「どうして?」と聞き返された後に、「あなたの美しさは……神も味方してしまうからです」と続く。
イタリア人は口説くときに、相手にどうしてと思わせるらしい。部長――竹井久が言ってた。
昔部活でやったらえらく不評だったのでやるまいと思っていたが……どうにも、酒が入ると変な方向に気障ったらしくなってしまうらしい。
閑話出棺。
玄(京太郎君の隣って……な、なんだか恥ずかしいなぁ)
玄(……うう、どうしよう)
玄(黙ってたら……印象、よくないよね?)
玄(それに……京太郎君と、もっと打ち解けたいし……)
玄(うん、とりあえずは――)
玄「きょ、京太郎君!」
京太郎「ん、どうしました?」
玄「お、お、お、お……」
京太郎「お?」
玄「えっと……お、おねーちゃんのおもちどう思う!?」
京太郎「……」
ここで聞くか。
それを聞くか。
挟んだ反対側に、つまり須賀京太郎の隣に松実宥がいるのに聞くか。
……ああ、松実玄は頭が残念な酔い方をする人なんだろうな。珍しくない。
宥「おもち?」
京太郎「げっ」
玄「えっ」
しかも、本人が聞きつけちゃったよ。
どーすんのさコレェ……。
宥「おもち……おも、おもち……」
宥「……」
宥「ふぁぁ……眠いぃぃ」
京太郎「……!?」
こてんと、ごく自然に須賀京太郎の肩に頭を預けた。
柔らかな感触と質感、耳の辺りを擽る松実宥の髪の毛に、近くで立てられる静かな呼吸音がなんともこそばゆい。
このままベッド――とか言ってる、場合ではない。
京太郎「ほ、ほら。眠いなら別の場所に行きましょう? 玄さんに連れてって貰って」
宥「んぅ……別の場所……?」
京太郎「いかなきゃ、風邪引いちゃいますからね。ほら。ね?」
宥「風邪引いちゃう……?」
京太郎「そうですよ。寒くなっちゃいますよ」
宥「……寒いの、いや」
京太郎「ほら、じゃあ無理しないで――」
宥「京太郎君が、あったかくしてくれるよね……?」
イエス、ユアハイネス。
――じゃねえよ!!!!
バカか! 頭狂ってるのか! 療養しろ! テルマエ行け!
って、ここがテルマエだった。正確にはテルマエがあるんだった。
なんだオイいつの間にテレポートしてるんだよ。スゲーな。まだ風呂に入ってないのに風呂にワープすんのかよ。ローマ人もびっくりだよ。
……じゃなくて。
元カノの前で、合コンでのお持ち帰りみたいな台詞言わされちゃうなんてどうかしてるよコレェ。
こんなの絶対おかしいよ。
宥「ふふ……」
宥「京太郎君、あったかぁ~い」
よし、暖まろうか。大体五時間ぐらい休憩しよう。
京太郎(――っじゃ、ねえよ!)
京太郎(ちょっと灼さん、これどうしてくれるんですか?)
京太郎(この配置、絶対問題があるって……!)
灼「……なに歌おっかな」
京太郎(――っじゃ、ねえよ!)
京太郎(なんでカラオケで歌う曲選んでるんだよ! しかもちょっと嬉しげなんだよ!)
京太郎(確かにカラオケは設置されてるけども! 設置されてるけどな!)
京太郎(歌うよりも先にやることがあるだろ! 何もできなくても、席順に文句言わないから、せめて眠りを妨げてくれよ!)
京太郎(このままだと俺、黒棺粋行きだよ! つーか、玄棺!)
松実玄が、『湧き上がり・否定し・痺れ・瞬き 眠りを妨げる』でもしてくれたらよかった。破道の九十ならよかった。
でも、頼りにならない。あんまり頼りにならない。
この二人の間に挟まれてどうすればいいのか。異次元にでも行けばいいのか。確かにこの巨乳二人にに挟まれた性的な意味で異次元に行けるわ。
お金持ちにならなくてもいいわ。だってお金だけが幸せじゃないもん。
閑話転生。
京太郎(落ち着け、須賀京太郎……クールになれ)
京太郎(あくまでも落ち着いて対処すれば、まだ間に合う……)
京太郎(いやでも……落ち着いてると、なんかそういう遊びに手馴れてそうだと思われるしな……)
京太郎(やべえ、どうしたらいいんだろう……)
八方塞である。
むしろ地雷が八宝大車輪である。実際花火とか投げ込まれたら怖いわ。
どうでもいいけど、大車輪って別に筒子じゃなくても成立するらしいな。チンイツタンヤオリャンペーコーであればいいらしい。
閑話卍解。
憧「うー」
あ、新子憧さんがうずうずしてる。今にも何かを仕掛けようとしている。
対面に座っているときのパターンはあれだ。足でソフトタッチ。しかも的確に須賀京太郎の弱点をついてくる。
もしくは、なんかヤバイ感じの爆弾投げ込んでくるか。
ヤバイ台詞が飛び出してくるか。すげー大変なことになってしまうか。というか何をされても大変なことになってしまう。
どうしたものか。
『松実宥を元に戻す』。『新子憧の口を塞ぐ』。『インド人を右に』。
全部やらなきゃいけないのが、オカルトスレイヤーの辛いところだな。
覚悟はいいか? 俺は――できるわけねえだろ! ふざけんな! オカルトスレイヤーは万能の神様じゃねーんだぞ!
灼「さて……」
灼「眠そうにしてる宥さんの目を覚ませることも込めて、カラオケやろうと思うんだけど……」
灼「誰が最初に歌いたい……?」
……ああ。
それでついでに新子憧の動きも封じるつもりだったんだ。なるほど。松実宥を目覚めさせて、かつ、そうする。
最初から信じてたよ!
穏乃「あ、じゃあ私から行きます!」
灼「そ」
言うなり、マイクを受け取る元カノとマイクを受け渡す元カノ。
別に二人の間に何があるわけでもないんだけど、勝手にこっちが緊張してしまう。
……。
……。
……。
……特に何もない。何もなかった。
何事もなく、普通にメロディーが流れ始めた。拍子抜けするくらい。
いや、この音は……! この、妙に軽快な入りだしは……!
穏乃「おとこなんだろっ! ぐーずぐずするなよー!」
穏乃「胸のエンジンに、火ぃをつーけろー!」
うおう。結構意外なチョイス。
昔、一緒にカラオケに行ったときは……多分歌ってなかったはずである。そのはずである。
ここで、このチョイスとは……流石穏乃だ。
カラオケの一番手は、割と重要である。その人間が何を歌うのかによって、その後の方向性が決まってしまう。
つまり、練習状況や歌詞や曲調からして人に聞かせても恥ずかしくない曲限定なのか。それとも、楽しめればいいのか……という具合に。
そういう意味では、本当にいいチョイスだ。
ガンガン好きな曲を歌ってよし。そんな空気を作ってくれたのだから、ありがたいことこの上ない。
特撮の曲って、あんまり一般的にそこまで歓迎されるものでもないからな。
京太郎(しかもこれは……なんていうか……)
京太郎(俺のことを励ましてくれるような……背中を押してくれるような曲だ……)
京太郎(……穏乃)
京太郎(お前は、やっぱりまだ応援してくれてるんだよな。俺のことを……)
京太郎(ああ、愛を悔やまない……そうだよな)
穏乃「ギャバン! あばよ、なーみーだー! ギャバン! よろしくー勇気!」
穏乃「宇宙けーいじー! ギャ、バーン!」
穏乃(とりあえず、これでいいよねー? そうだよな、京太郎)
灼「おめ。上手かった」
玄「かっこいい曲だったね!」
穏乃「い、いやー。ありがとうございます!」
褒められて、拍手を受けて、テレテレと頭を掻く穏乃。
かわいい。
灼「じゃあ、次は私……」
京太郎(この曲も……なんだか出だしが、昔っぽさを感じさせるな。変にポップな感じが)
京太郎(タイトルは……『炎のさだめ』……?)
灼「さよならはー、言ったはーずーだ、わーかれーたーはずさー」
灼「おーまえーを見ーれーばー、こころーがひーえるー」
灼「たーたかーいーは、飽ーきーたーのーさ」
なんだろう。こう、なんていうか……すごく、むせる。
確か、鷺森灼のところにいたときの自分はこんな精神状態であったはずだし、夏のあれが起きる前までも、そんな感じだった。
一体、これにどんなメッセージが篭められている――というのか。
考えてみる。だけど、答えは出そうにない。精々が、昔を懐かしんでるか。あるいは、こうはなるなよという警告か。
……まあ。灼の性格から考えるなら、後者であろう。
京太郎(ああ、大丈夫だ。言われなくても判ってる)
京太郎(これ以上――変な心配とか、かけたりしないって。安心してくれよ)
京太郎(それに今――俺は、戦いが楽しいからな。麻雀、大好きだったころの気持ちを思い出したんだ……!)
灼(……うん)
灼(今日は曲を火・炎縛りで行こ……)
灼(楽しみ。あと、ハルちゃん来ないかな?)
宥「えっと、じゃあ、私……」
宥「恥ずかしいから……その、あんまり、見ないで……?」
穏乃「宥さんがんばってー!」
灼「ふぁいと」
玄「おねーちゃんがどれぐらい上手くなったのか、確かめてあげますのだ!」
憧「何よその喋り方。っていうか、次は玄が歌うんだからブーメランになるけど大丈夫?」
玄「ええっ」
京太郎(仲いいなぁ、阿知賀麻雀部……。いや、清澄もT大もそうだけどさ)
京太郎(っていうか、菫さんさっき混ざってなかったけど……照さんのおもりしてたのかね?)
京太郎(あとでメールしとこう)
京太郎(……で)
京太郎(タイトルは……『WHITE BREATH』……?)
京太郎(寒そうな曲だけど……大丈夫なのか……?)
宥「こーごーえーそうなー、きせーつにきーみは、あーいをどーこー言ーうなー」
宥「そんなん、どーだっていーから、冬のせいにーして、暖めーあーおーうー」
……まず、今の季節は夏であることを忘れてはならない。
そして、それ以上に……。
その……。
京太郎(……)
京太郎(……)
京太郎(……)
誘ってんのか。
憧「宥姉お疲れー!」
宥「き、緊張しちゃった……」
灼「プロなのに歌のCD出してるのに?」
宥「それは言わないでぇ~……」
穏乃「でも、感情が篭ってて……すっごくよかったですよ!」
玄「うん、私もそう思った! 流石はおねーちゃんだね!」
灼(いや、感情込めるって……)
灼(……)
宥「でも、後ろの映像がすっごくあったかくなさそうだった……」
憧「あはは……」
玄「じゃあ、次は私だね!」
京太郎(まあ、そりゃそうだろう。だってほぼ脱ぐし、この人)
京太郎(さて……次は玄さんなんだけど……歌うのは、あ、同じアーティストか)
京太郎(タイトルは『Hot limit』……てっきり、『ちちをもげ』とかをチョイスするかと思ったんだけどな)
玄「ココローまーでー、脱がーされるー、暑い風ーのゆうーわーくにー」
玄「負けちゃってかーまーわーなーいからー」
玄「まなーつはー、不祥ー事も、キミ次第でー」
……まず、今の季節は夏であることを忘れてはならない。
つまり、曲を選んでいるのはぴったりと言えるのだ。曲と、季節はぴったりなのだ。
そんなことよりも、それ以上に……。
その……。
京太郎(……)
京太郎(……)
京太郎(……)
誘ってんのか(二度目)。
誘ってんのか、この姉妹。
玄「き、緊張したー」
憧「玄、声はいいんだからもっと落ち着いて歌えばいいのに」
玄「ううっ」
穏乃「でも、こっちも感情が篭っててよかったですよ! 玄さんなら誘惑できちゃいそうです!」
灼(いや、それは……)
憧「じゃあ、次はあたしの番ね!」
憧「っていうか、ここまで誰も女性曲歌わないってどうなってるのよ」
穏乃「じゃあ、憧は……」
憧「もちろん、女性曲で行くわよ! ちゃーんと、聞いときなさい!」
宥「がんばってぇー」
京太郎(さて、憧は何を歌うんだろうな……こいつ、結構アニメの曲とか歌ってたよな)
京太郎(しかも、歌ってる人にかなり似せて……なんだろうな。なんかのギャルゲーみたいな漫画の、アイドルの歌だったと思うんだけど)
京太郎(まあ、こいつは大概なんでも歌えるから問題ないよな)
京太郎(タイトルは……『ナイショの話』?)
憧「さっきから、あのせいふーくの娘がー、気になってんのバレバレーだわー」
憧「あたしが隣にいるーのにー、それって、どーいうつもりなーのー」
さて――問題は。
ここからだった。須賀京太郎が、歌いだした後からであった。
憧「ふふーん、どうだった?」
穏乃「うん、憧ってやっぱり上手いよね」
憧「でしょ、でしょ?」
玄「うん、なんか心が篭ってたよ!」
灼(いやそれ、あの……)
京太郎「やっぱ、上手いなー。憧はさー」
憧「……それだけ?」
京太郎「?」
京太郎「他になんかあるか……? 悪いけど、初めて聴く曲だったしさ」
憧「……はぁ」
京太郎「あ、でも上手かったぜ! 流石憧だな!」
憧「……」
憧「……はぁ」
京太郎「……さて」
京太郎(まあ、とりあえず無難に行っとくか……)
京太郎(最近流行ってる曲歌えば、大体なんだかんだ乗ってくれるんだよな、みんな)
京太郎(CMとかコンビニとかファストフードで聞いたけど、全部の歌詞がわからなかったんだ……って言われることもあるし)
京太郎(じゃあ、行きますかね! 『女々しくて』くらい、みんな聞いたことあるよな?)
京太郎「愛情って言うか、ただ君がー欲しいー、僕の心、いーぬのよーう」
京太郎「騙されたって、どーぞかまわないー、君といれるならー、ああああー」
――そのとき、女性陣は満場一致で思った。
穏乃「……」
灼「……」
憧「……」
宥「……」
玄「……」
――誘ってんのか、この男。
穏乃(えっ、えっ、えっ……!? よ、よりを戻したいってこと……?)
灼(フラれたの、気にしてたんだ……やっぱり)
憧(い、いいいいいい、犬のよう!? 犬のよう!? きょ、京太郎のべろが――)
宥(あったかい……?)
玄(た、ただ君が欲しいって……)
穏乃「誰かが君ーをー、愛してるー、誰かが君ーをー、信じてるー」
玄「ときに愛は二人を試してるー、びこーず、あいらーびゅー」
憧「君が好きだーと、叫びーたーい! 勇気で踏み出そうー!」
宥「こ・づ・く・り、し・ま・し・ょ」
灼「やさしさで、攻められたら、ついてくしかないかもね、みゃーお」
京太郎(みんなノってるな)
京太郎(よし、俺も……あんまり歌が得意ってわけじゃないけど)
京太郎(声を変えるのは……得意だからな……!)
京太郎(これは、この間カラオケでやっても受けがよかったんだよな。俺、歌自体はアレだけどさ。こういう方向で凄さを出すと受けるんだよなー)
京太郎「ド・キ・ド・キ・で・壊・れ・そ・う、1000%ラブ」
穏乃「――」
灼「――」
憧「――」
玄「――」
宥「――」
京太郎「いまーすぐにきーみを、だーきしめたいよー」
京太郎「だって、君を、マジでー、守りたいからー」
京太郎「さー、Let's Song」
穏乃(なんだろう、こう、まさにヒーロー的な熱さがあるっていうか……)
灼(大体ヤクザの三代目ぐらいのみたいな風格を持った色気のある声……)
憧(馬鹿っぽい感じなのに、誰かのためならすごい告白しそうな感じの声……)
玄(なんだろう。すごく革命とかやってそうな感じの指導者みたいな冷たい声……)
宥(いろんな声が出せるんだぁ……)
京太郎「今・宵・は・ほ・ら、二人で、1000%ラブ」
京太郎「……ふう」
京太郎「うっし! どうだった?」
穏乃「……」
灼「……」
憧「……」
玄「……」
宥「……」
京太郎「だ、駄目だったか? 俺、やっぱり音外してたか?」
京太郎「あー」
京太郎「結構カラオケ行ってるけど、どーにも苦手なんだよなー」
京太郎「声はいいって言われるんだけどさ……駄目だったかー」
穏乃「……」
灼「……」
憧「……」
玄「……」
宥「……」
京太郎「みんな?」
穏乃「……ごめん。ちょっと眠くなってきちゃった」
灼「私も……」
憧「あたしちょっとトイレ」
玄「あはは、ご、ごめんね……」
宥「ごめんね……眠ぃのぉ……」
京太郎「へっ」
京太郎(頭痛くなって眠くなるレベルにひどいのか、俺の歌……)
京太郎(マジかよ……ヒトカラ行くしかないな、これ)
京太郎(でも、部屋の中に誰もいないと思って間違えて乱入されたりするんだよなぁ)
京太郎(ここはステルス仲間でも誘ったほうが――って、被害が増えるだけだな)
京太郎(……はぁ)
京太郎(まあ、麻雀プロが歌とか麻雀以外のことをできてもしょうがないからな。いいんだけどさ、うん)
ひとり凹む京太郎をよそに、皆が皆、おぼつかない足取りで床の間へと向かう。
誰もがまるで夢――悪夢だか吉夢だか知らないが――を見てしまったかのように、憑き物が落ちたか、あるいは何かに憑かれたかのような瞳で。
あるいは、その夢を本当の夢の中に連れて行こうというのか。
とにかく、須賀京太郎を残して、誰もが寝室へと引っ込んでしまった。
……訂正。
憧(キスよりすごい歌、キスよりすごい歌、キスよりすごい歌、キスよりすごい歌、キスよりすごい歌、キスよりすごい歌――――――!?)
憧(だって京太郎のキスってすごそうなのに、それなのにそれよりも凄い歌っていったいどんなんなのよもうなにそれ信じられない)
憧(声なの? 声だけでキス以上のことになるの? 言葉攻めするの? それとも愛の言葉でもささやくの? えっ、えっ、えっ)
憧(こ、言葉攻め……キス……どっちも、すっごいリアルな感触が……ふきゅぅぅぅぅぅぅうぅぅううう――――!?)
約一名を除く。
◇ ◆ ◇
京太郎「……」
寂しい。
まさかそんな毒電波が原因で、皆に避けられると思わなかった。
音痴であるということは――。
歌唱力がないということは、皆と楽しく過ごすという願いさえも奪われるということなのか。
晴絵「お疲レジェンドー」
晴絵「あれ? 京太郎一人?」
京太郎「……ええ。まあ、はい」
京太郎「なんか……俺の歌声のせいで、皆寝込みました」
晴絵「ふーん? まあ、多分飲みすぎただけだから心配しなくていいんじゃないの、歌声とか」
ジャイアンじゃあるまいし、と笑う晴絵。
そう言って貰えるだけで、一体どれだけありがたいだろうか。
小学校の頃――いや、アレは中学校の頃だったかもしれないが……。
『須賀君、もう合唱では歌わなくていいわよ』と言われたときはマジで凹んだ――気がする。子供の頃だから、記憶が曖昧だけど。
晴絵「まあ、ここは師弟同士で飲み明かそうか」
京太郎「この間のドッキリみたいなのは……本当に簡便してくださいよ? 俺、どうしようかと思ったんですから……」
晴絵「ほほう。三十路超えは負債だと申すか」
京太郎「いや……あの……」
晴絵「まー、冗談だけどね。そんなにかしこまんなくていいって」
京太郎「師匠……」
この人のこういうノリ。
楽しくもあり、しょーもなくもある。
晴絵「それじゃあ、まあ、乾杯しよう」
京太郎「何にですか?」
晴絵「京太郎が――もう、なんの苦しさもなくこの土地に来れることに」
京太郎「――」
晴絵「……とか、どうかなーって」
京太郎「……」
晴絵「あ、あれ? 駄目だった」
京太郎「いや……本当に、アラフォー師匠の癖に生意気だなって思って」
晴絵「ブッ飛ばすわよ?」
人から見たら問題が残っている風に見えるんだろうが――。
まあ、今回の旅は……赤土晴絵の言うように、得るものも多かった旅なんじゃないだろうか。
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【高鴨穏乃の好感度が上昇しました!】
【鷺森灼の好感度が上昇しました!】
【新子憧の好感度が上昇しました!】
【松実宥の好感度が上昇しました!】
【松実玄の好感度が上昇しました!】
【赤土晴絵の好感度が上昇しました!】
最終更新:2014年02月02日 19:15