幕藩体制の展開


幕政の安定

平和と秩序の確立

池田光政
岡の池に熊が!!花畑に沈めろ!!⇒【岡山藩 池田光政 熊沢蕃山 花畑教場 閑谷学校】
保科正之
ヤマザキのあんぱん欲しいな~。相槌打って承諾⇒【山崎闇斎 保科正之 会津藩 朱子学】

元禄時代

柳沢吉保
綱吉、柳沢吉保
吉繋がり。 吉宗は側用人置いてないから間違えないはず。
木下順庵
木下に蚊が!‥前だ!シュ~!!(虫除けスプレー)⇒【木下順庵 加賀藩 前田綱紀 朱子学者(順庵)】

正徳の政治


経済の発展

農業生産の進展

農書
①広大な能美
 (公益国産考=大蔵永常)(農業全書=宮崎)
②大蔵永常『農具便利論』と宮崎安貞『農業全書』は、
 農具をしまってあるのは蔵、というので覚えるのがイメージしやすい。

諸産業の発達


手工業の多様化


交通の整備

五街道
品川倒壊 新居もはかねえ
なかさん ウキウキ
こいつ ほっとけ
にっこり 奥方 来る橋は
聞くし方角 西だという

品川(出発点)
東海―新居、箱根
中山―碓氷、木曽福島
甲州―小仏
日光&奥州―栗橋(関所)

き 京都
く 草津
し 下諏訪


に 日光
し 白河(終点)

※天変地異が置き、品川の仕事場で「新居もはかないだろうな」と案ずる。
同僚のなかさんはなぜかウキウキしていてムカつく。
嫁から電話がきて「今歩いてあんたのほうへ向かってるのよ」と言われる。
「ハァ?どっから?」「コンパスによると西からよ。橋をわたるわね」
というはなし(長いうえ意味わかんなくてすいません)
河村瑞賢
①回り道はいけん!
 (東&西廻り航路=河村瑞賢)
②河村瑞賢の航路とと角倉了以の河川交通事業は、
 「河なのに海かよ!」って3回つぶやけばオッケイさ。
③河村瑞賢が安治川を整備
 川なのに海の味(安治)がする。。。さては

商業の展開

十組問屋と二十四組問屋
①十組問屋─江戸
 二十四組問屋─大阪
 これは絶対間違えない!なぜなら「江戸」と言う字は総画10画なのだ!!
②予備校で聞いたものを…
 東(とう=10):江戸:十組問屋
 西(にし=24):大坂:二十四組問屋
③江戸と大阪 博多と大阪で比べてあるときは数が多いほうが大阪。
 問屋もそうだけど、年行司と会合衆の数もそうだったと思う。
 違ったらスマソ

貨幣と金融

小判の鋳造年
1601年 慶長小判「慶応生(慶長)は、ヒーロー多い(1601)」
1695年 元禄小判「ゲロ吐く(元禄)イチロー救護(1695)する」
1710年 宝永小判「お宝(宝永)もらった、いいな父(1710)さん」
1714年 正徳小判「聖徳(正徳)太子はどこにもいないよ(1714)」
1716年 享保小判「今日(享保)の虹はいい七色(1716)」
1736年 元文小判「現文が得意なのは(元文)は自由な3浪(1736)」
1819年 文政小判「文学部の生徒(文政)は良い俳句(1819)を詠む」
1837年 天保小判「店舗(天保)でやろう、こよい闇鍋(1837)」
1859年 安政小判「安静(安政)にしてるのは18歳の悟空(1859)」
1860年 万延小判「一万円(万延)でいい?ハムレ(1860)ットを見るには」

三都の発達


元禄文化

元禄時代


元禄期の文学


儒学の興隆

陽明学
揚子江に熊
(陽明学、中江藤樹、熊沢バンザン)
山鹿素行
ヤンママ聖子の性教育
山鹿素行 聖学 政教要録
古学派
①伊藤じいさんのアコギちょうだい
 伊藤仁斎 古義堂 東涯(仁斎の息子)
②へこきじーさんとウガイしよう
 古義学 (伊藤)仁斎・東涯
古文辞学
古文の時間のお経はださい
古文辞学 荻生徂徠 太宰春台
        •  ・・   ・・

諸学問の発達

新井白石の著作
折たく柴の記、古史通、藩翰譜、読史余論
「折れた腰には新しい白いハンカチと櫛」
江戸時代の著作物
  • 農書 
農業全書(宮崎安貞)
広益国産考・農具便利論(大蔵常永)
大和本草(貝原益軒)
庶物類纂(稲生若水)
「農業やるなら安い国産の農具が蔵にあるよ。山の草刈りは海原雄山、庶民は稲に水をやってね」

  • その他の著作物
貞享暦(渋川春水)
発微算方(関孝和)
塵却記(吉田光由)
「上司の発明は(和)光る塵取り」
本草学
くさった大きな貝と稲を処分
(本草学、大和本草=貝原益軒、稲生若水=庶物類纂)
渋川春海
渋谷に上京して3年です→『渋川春海 貞享暦 (別名)安井算哲 天文方』
北村希吟
歌うキキキリン→『歌学方 北村希吟』

元禄美術