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シベル達の姿が森に消えた頃、フィンレーテの入って居た墓標の前には深紅のドレスを纏った、見目麗しい人物の姿があった。不意にしゃがみこむと、墓標の前に落ちていたフィンレーテの花びらを抓んで、指でひらひらさせて見つめている。

あの少年、矢張り全幅の信用を置ける様な「出来た子供」ではなかった。真っ暗な闇夜の中でも、器用にその人物は手元のメモにペンを走らせて、何をか書き記すと、花びらを挟んでメモを折りたたみ、またその場を去っていった。

 

 

ちちちちち。ちゅんちゅん。穏やかな森の朝がやってきた。シベルにはやらねばならぬ事があった。フィンレーテの新しい洋服を買ってやりたかったのだ。

「いいかフィン、ここで待ってろ。オレがお前の新しい服、買ってきてやるから」

「・・・ふぃん・・・しべ、いっしょいる」

フィンレーテのいじらしい我が儘に少し困った顔をして、シベルは帽子を脱ぎ頭を掻いた。

「コロがついててやるからさ。ここで待っててくれよ、お願いだからさぁ・・・」

しばらく蔦塗れの両手をふらふらさせていたが、納得したのかフィンレーテはこくんと頷いた。それを見て安心したのか、シベルはフィンレーテとコロを森の奥に置いて、再び村へと出かけていった。

 

 

村は昨日の毒花の大混乱でざわついていた。フィンレーテの復活を目の当たりにして、昏睡から目を覚ました子供達が、シベルが蘇らせたと口々に言いだしたのだ。だが大人は取り合ってくれなかった。只の花の毒による集団ヒステリーだと思って居るものも居たし、若しかしたらシベルがネクロマンサーなのかも、と疑念を持った者こそ居たものの、村長が箝口令を敷いていたのだ。ノイエス様の使いなのだから、失礼のない様に、と。

斯くしてシベルは村の小さな洋服屋に赴き、顔を真っ赤にしながら、

「・・・おばちゃん、あそこの服、とってくれ」

俯いて言った。

「坊や、何に使うんだい?あんな小さな女の子の服なんて・・・」

「こっ、故郷の妹に土産で買ってってやるんだよっ!いいから早くとってくれよ!」

服を受け取り、お代をばんとカウンターに叩き付ける様に置くと、シベルは足早に店を去って行った。そして森の中に入り、フィンレーテとコロに合流。買ってやった服は、フィンレーテのサイズにぴったりだったが、蔦や花びらを巧く引っ張り出せなくて難儀した。

「お前、蔦伸びるの早いなー。もうちょっと伸びたら動けなくなるんじゃねーの?今度オレが切ってやるよ」

何が嬉しいのかは判らないが、フィンレーテは僅かに笑ってこくこくと頷いた。

そして森を出て、村には入らない、ぐるりと村の周囲を迂回するルートで再び帝国へと帰ろうとする。このルートなら、コロやフィンレーテが居ても村人に見つかる事はないだろう。しかし、突然のアクシデントがシベルを襲った。尿意である。

「・・・ごめんコロ、フィン、オレしょんべん行きてえ・・・ちょっと此処で待ってろ!」

フィンレーテとコロを森に沿う陽光暖かな道に残して、シベルは足早に森の中に駆けていった。コロが首を傾げてくんくん言っている。

「・・・あ・・・ころ・・・」

何か感じ取ったのか、コロはフィンレーテが止める間もなく、シベルを追う様に森の中に入っていった。

 

 

その頃ノイエスは、じりじりと胸が焼ける様な思いで東門を抜け、例の村への道をトランク片手に歩いていた。道中、東門の前で、ベロニカと鉢合わせたのだ。否、ノイエスが来るのを彼女は待っていた、とでも言うべきか。

ベロニカはノイエスが会釈して通り過ぎる際、こう言った。

『・・・お前が雪国から呼んだあの少年、少し身辺を洗わせてもらうぞ』

『と、言いますと?』

ベロニカはノイエスと視線を合わせないまま、腕組んでぼそりと言った。

『お前は「雪国に技術を横流ししているルートを洗う」と言っていたな。最早お前の手には余る程の急務となった。・・・私の一存でしかないが、少し手入れさせてもらう』

ベロニカは感情に走る癖はあるものの、優秀な軍人である事には違いない。このままでは自分が帝国と雪国政府及びチャーチとの橋渡しをしている事がばれてしまう。悩みながら、解決策を冷静に練りながらノイエスは道を行く。

ふと、森の傍の小道で、不可思議な格好の幼女のゾンビを見掛けた。道の脇の切り株に腰掛け、ぷうと頬を膨らませながら、何かを待っている、そんな様子だった。

若しかしたら教育のなっていないネクロマンサーが、置き去りにしていったアンデッドなのかもしれない。こんな村に近い場所でひとりで居たのでは、村がパニックになってしまう恐れもある。思わずノイエスは幼女に声を掛けていた。

「どうしたのです?こんな所でひとりで。マスターは何処に行ったのですか?」

「・・・?・・・」

小首を傾げて幼女はノイエスの顔を見上げた。ノイエスの言っている事の殆どの意味が判っていないらしい。最近は死者への敬いを忘れてしまったネクロマンサーも多い。捨てられたか。それともマスターは死んでしまったのか。しかしマスターが死んでしまえば、アンデッド自身も土に還る筈。マスターは近くにいるのだろう。

「あなたは、ごしゅじんを、まっているのですか?」

できるだけ優しく、ゆっくりと、子供に語りかける様に、ノイエスは問うた。やっと意味が通じたのか、幼女はこくりと頷いた。見れば少しばかり森の土に汚れているものの、新しい可愛らしい洋服を着せられている。余程愛されているアンデッドなのだろう。この様子だと捨てられたりした可能性は低そうだ。しかしここは余りにも村に近すぎる。それだけがノイエスの懸念だった。

「わたしといっしょに、もりのなかに、いきましょう。ごしゅじんがかえってきたら、このあたりなら、すぐにわかりますよ」

「・・・やぁ!」

ノイエスが差し出した手を、幼女は柔く振り解いた。そしてノイエスの鼻に、僅かながら甘い匂いが引っかかった。この匂い、そして幼女に絡みつく花。文献でしか見た事はないが、此処一帯にしか咲かないという幻の毒草ではないのか?思わずノイエスは後ずさりし、手元のハンカチーフで口元を抑えた。幼女の感情に呼応して匂いを撒き散らしている様だ。まだ匂いが弱く、ノイエスの意識にも異常は見られない。そこまで警戒されている訳ではなさそうだ。

「・・・わかりました。あなたのごしゅじんが、すぐかえってくるように、これをさしあげましょう」

口元をハンカチーフで押さえたまま、ノイエスは懐からロザリオコインを取り出して、幼女の手に握らせた。

「おまじないのコインですよ。それでは、またどこかで、あえるといいですね」

幼女は甘い匂いを発するのを止め、手元のコインを陽光に翳して遊び始めた。ノイエスは後ずさりながら、幼女の足許に落ちていた花びらをひとひら拾うと、再び村への道を歩き始めた。

 

 

それから暫くして。シベルがコロと共にフィンレーテの元に帰ってきた。

「やーごめんごめんフィン!なんかさー、しょんべんしてたらすんげぇでっけえイノシシが出て来てさー!コロ居なかったらオレ死んでたかも!あっはははは!・・・ってお前、」

「きら・・・きら・・・」

フィンレーテが手にしていたロザリオコインを見て、シベルの顔色が変わる。憎らしいものを見る目つきでコインを半ば強引にフィンレーテの手から取ると、叫んだ。

「お前、これ誰から貰った!こんなもん持ってんじゃねーよ!」

「・・・う・・・」

泣き出しそうな、おもちゃを取り上げられて怒っている様な顔つきのフィンレーテを見て、シベルは徐に森の方を向いて、

「ほーら、投げるともっときらきらしてキレイだぞ!ぽーい!

・・・あれ?帰ってこねえなぁ。オレ達と一緒で旅にでも出ちまったのかなぁ。しかたねーよな、フィン」

芝居がかったシベルの一連の行動を見て、フィンレーテは頬を膨らませた。またあの匂いが、フィンレーテの周囲を漂い始める。シベルもこれには流石に慌てて、

「わ、わーったわかった!街についたらもっときらきらするビー玉でも買ってやるから!そんな怒んなよ!」

きらきらするビー玉、と聞いて目を輝かせて毒を撒き散らすのを止めたフィンレーテの手を取って、シベルは再び帝国東門への道を歩き始めた。

 

 

 

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最終更新:2014年09月11日 08:55