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「ついでと言ってはなんですが、シベル君、あなたに少し手伝って欲しい事があるのです」

ノイエスの一言に、シベルは苦い顔。雪国からここ帝国のネクロマンサー協会に来て、チャーチへの親書を受け取ったと思ったら、また何か訳の分からない頼まれ事をされてしまった。

「東門から出て暫く行った所にある村の村長に、この親書を渡して欲しいのです」

「めんどくせーなぁ・・・オレが頼まれたのは雪国からアンタに会いに行けってだけだぞ」

「チャーチへの親書は急ぎではないので心配は無用です。それにあなたも折角帝国まで来たのですから、少し観光がてらの散歩と思って頂ければ」

シベルは傍らのコロに無意識の内に目をやる。相変わらず呑気に舌出してへらへら笑っている。こいつに暖かい帝国の景色でも見せたら喜ぶかな。そう思うと、自分も何だかそんな景色を見たくなってきた。

「観光がてらでいいんだな?オレのペースでやらせてもらうぞ」

「本来ならば私が直々に出向かなければならないのですが、生憎仕事が立て込んでいましてね。終わり次第私もすぐに村に向かいますので。

あ、それと街中や村ではその狼は表に出さない様に。住民が怖がってしまいますからね」

「わーったわかった!そん位知ってるよ!」

 

 

そして親書を2通受け取り、シベルはまず東門へと向かった。コロはスーツケースの中で眠っている。しかしながらなんて賑やかな街なんだろう、とシベルは驚きを隠せなかった。ざわざわと人の声がそこら中で響き、果物や野菜の露店がひしめく様に並んでいる。腹が減ってきたので、露店で林檎をひとつ買ってかぶりつきながら、シベルは東門をくぐった。警備兵には例の「ノイエスの一存」と言えばそれで通じた。

街を出て暖かい原っぱの真ん中で、ひとが居なくなったのを確認して、シベルはコロを復元した。コロは不思議そうに辺りを見回し、そこらをくるくる跳ね回って遊んだ。青い原っぱが余程気に入ったらしい。

「さ、行くぞコロ。また村に着いたらお前の事仕舞わないとなんねーけど・・・」

ノイエスに貰った地図と睨めっこしながら、シベルは呟く様に独り言。

 

 

その頃、ひとり執務室で考え事に耽るノイエス。ふと椅子の傍らに寄りそう様に置かれた棺桶型のトランクに手をやり、にこやかに微笑んで、まるでトランクに語りかける様に話し始めた。

「私の技術を犬に利用するなんて、だって?ふふ、あれはあなたに使った技術の出来損ないですよ。あなたの一番大事な秘密はそう簡単に漏らしたりはしません」

 

 

軍の一室でコーヒーを啜りながら、ベロニカは何をか考え込んでいた。あの時は見逃したが、矢張りあの列車の雪国の少年、どうも怪しい。ノイエスをそこまで信用していいものか。私はもしかして、大事な鍵を見す見す見逃してしまったのではないか。

ベロニカは徐に椅子から立ち上がり、腰に差した剣に柔く触れると、部屋を後にした。警備兵がベロニカの臨戦態勢の様子に驚いて、

「べ、ベロニカ様!その様な格好でどこにおいでで・・・!」

慌てる警備兵に、ベロニカは若干の焦りを含んで言い放った。

「先刻検問した列車の乗客名簿を洗い出せ。そして雪国から来た少年の足跡を追う。・・・どうもあの少年、普通ではないぞ。従者は要らん。私だけで何とかする」

 

 

暫く歩くと、割合すぐに目的地の村に着いた。地図を何度も見返して、ここだと確信を得て、コロをスーツケースに仕舞うと、シベルは村の玄関口に踏み込んだ。

「なー、村長の家ってどこ?」

畑仕事に精を出していたお婆さんに聞いてみると、あっちをまっすぐ行ったら立派なお屋敷があるからそこだよー、と呑気に返された。シベルは再び歩き出す。

と、途中で奇妙な光景に出会った。森に寄りそう様に立つ墓の前で、複数の子供がぐすぐす泣いている。何だろうと思って近づいてみた。墓標には、「フィンレーテ」と書かれてあり、ごく短い期間の年月が記されていた。埋められているのは子供か。そうしてここで泣いているのは、その子供の友達か。

しかしながらシベルには、何故子供達が泣いているのか判らなかった。死んだのならば蘇らせればいいのに。心底不思議に思った。墓前には雪国でも、帝国の道中でも見掛けなかったまこと可憐な花が手向けられている。そこまで悲しいのなら、何故。シベルは益々わからなくなって、ノイエスに仕事を言いつけられて此処まで歩いてきた苛々も相まって、子供達につかつか歩み寄ると、こう言った。

「めそめそ泣く位なら、蘇らせればいーじゃねえか。ほれ」

重たい墓石を唸りながら持ち上げ、その辺に横倒しにすると、呆気に取られている子供達の目の前で墓を暴き、徐に墓の中の死体に手を翳した。すると、ぼうと昼間でも眩しく、しかしどこか怪しく、厳かに感じる程の光が墓から・・・否、死体から漏れ、次第次第にその光は弱まっていった。

「な?こーすりゃいいじゃん」

蘇った幼女のアンデッドと、余りの不可解な出来事に恐怖を感じているのか、震えている子供達。アンデッドには献花されていた花の蔦が複雑に絡み合っていて、眠たそうに小さな手で両眼を頻りに擦っている。そしてアンデッドはきょろきょろと辺りを見回すと、急に起こされて機嫌が悪いのか、それとも周囲の自分を奇異なるものを見る様な目にびっくりしているのか、それは判らないが、顔を歪めて、

「・・・ふ、ふええええん、・・・ええん、」

幼女のアンデッドが泣き出した瞬間、シベルと子供達は今まで経験した事のない甘い匂いを嗅ぎ取った。そして徐々に意識が遠のき、身体中がじわじわと痺れていく感覚を覚えた。

「なっ、・・・何だよこいつ・・・」

ばたん。遂には立って居る力も失い、逃げ惑おうとしながらもその場に倒れ込む子供達とシベル。目だけ動かして、シベルは幼女を見た。幼女は泣きながら、蔦の絡まったスカート翻して森の中に逃げて行った。追いかけようとするも、身体が全く言う事を聞いてくれない。終いには喉から声を出すことも、普通に呼吸する事もままならなくなり、シベルは土の上に突っ伏して動かなくなった。

その瞬間。先程村長の家への道を教えてくれたお婆さんが、偶然墓前を通りがかり、シベルと子供達の瀕死の状態を見て、野菜籠を取り落として叫んだ。

「あっ・・・あの花じゃ!誰か来とくれー!あの花が毒を撒き散らしよった!誰かー!」

お婆さんの声に呼応する様に、村の年寄りが集まってくる気配をシベルは感じ取ったが、それ以降は意識が遂にシャットアウトされてしまい、何も考えられなく、感じなくなってしまった。

 

 

目を覚ますと、木造の立派な家の天井。シベルはいつの間にか、ベッドに寝かされていた。まだ意識はぼんやりしているが、先刻ほど深刻な状態ではなさそうだ。目を覚ましたシベルの顔を、年老いた禿頭の男が覗き込んで、安心した様に微笑んだ。

「全く、あの花がまた災厄をもたらしよったとは。災難じゃったのう、旅の方」

「え・・・あ、うん・・・」

「あの花はのう。昔からこの辺にたまに咲く毒花じゃよ。フィンレーテにあげようと思って子供達が摘んできてしもうたんじゃろう。儂等もあの花は絶滅してしもうたと思っておったから、毒の事は若いモンは知らん筈じゃ。しかしあげな風に広範囲に毒を撒き散らす様な性質はなかった筈じゃが・・・突然変異でもしたもんかのう」

ゾンビと融合した毒花が、ゾンビの恐怖に呼応して毒を撒き散らす様に変貌したのだろう。それはシベルにはすぐに判った・・・が、ゾンビが蘇らせてしまった等とこの村の人々に知られる訳にはいかない。黙っていよう。

「まぁしばらく寝ておれば治るわい。村に伝わる薬もお前さんが寝て居る間に飲ませたから心配は要らぬ。ノイエス様からの親書はお前さんの懐から見つけたぞ。ノイエス様の使いとあっては軽々しく追い出す訳にもいかぬからのう、ゆっくり休んでいったらええ」
そうしてお爺さんは呵々と笑った。

 

 

しかしながらシベルは眠れなかった。相反する感情がシベルの脳裏を支配していた。友達を折角蘇らせてやったのにまるで拒絶するかの様な子供達の反応、やはりシベルには理解できなかった。良い事してやったのに何故あんな目で見られるのか訳が分からなく、やけに腹立たしく感ぜられた。

それともう一つ、あのゾンビの幼女の悲しそうな後ろ姿が脳裏から離れなかった。もし復活を幼女自身が望んでなかったとしたら、自分が土に還す責任がある様な気がした。

少し力を込めると、割合楽に起き上がる事が出来た。

闇夜の中、誰も家の外に出てきていない事を確認して、コロを復元して、森に踏み込んだ。暫く歩くと、例の甘い匂いがシベルとコロの鼻をくすぐった。辺りを見回すと、木の陰に隠れながらこちらを怖々と見つめているあの幼女のゾンビが居た。薬がまだ効いている所為か、昼間の様な意識が遠のく感覚はなかった。

「あ・・・う・・・」

幼女は何か言いたそうに口をぱくぱくしている。

「・・・ほら、こっち来い。ちゃんともっかい眠らせてやるからさ」

「・・・やぁ・・・!」

幼女はふるふると柔く首を横に振った。もう土には還りたくない。あんな冷たくて暗い所はもう嫌だ。そんな幼女の考えが、何故だか手に取る様にシベルには判った。

さてどうするか。ゾンビ本人が望まないと、穏便に土には還せない。放っておけば主の居ないアンデッドは土に還るが、それも可哀想な気がする。

不意に幼女はこちらに駆け寄ってきて、シベルの腕に取りすがった。自分も連れていってくれ、もうひとりは嫌だと言わんばかりに。シベルは正直困ってしまった。だが自分が蘇らせたのだ、責任はとらなくてはならない。

「わーったわかった・・・連れてくよ、お前にゃ負けたよ。お前、名前は?」

「・・・ふぃん・・・」

「じゃあフィンでいいか。こっちの犬はコロ。仲良くやってくれよ」

「わん!」

奇妙な相方が出来てしまったシベルであった。後々の戦争の火種は、着々と揃い始めていた。

 

 

 

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最終更新:2014年09月10日 16:02