帝都には戻るな。
決して戻るな。
過去の記憶は直感として現れ、私に指示する。
行くあてなど無い。
ここは帝国南門付近にある小さな港町だ。
国壁の外にある割にそこそこ小奇麗な町並みで、道も表通りはタイル貼りになっている。
帝国と裏で繋がりがあるのかもしれないが、私はこの町の宿で一夜を明かす事に決めた。
協会本部からは、結局便りなど一切無かった。
初めから、私とキメラを同時に消す計画だったのだろう。
キメラ達が人間を狙わなくなった今、私は従者と運命を共にしたと思われている筈だ。
出窓の窓台に肘を付いて、夜の町を見下ろす。
隣に彼は居ない。
私は、浜辺で彼を拒否したのだ。
『・・・ごめんなさい』
枯れた声を絞り出して一言いうと、彼は少し寂しげな目をして微笑んだ。
そして差し出した手から腐肉が滴ったかと思うと、その場でどろりと崩れ果てた。
私は震えていたと思う。
"彼"と眠っていた死者達を、自分が弄んでしまった事がただ恐ろしかった。
これが、貴女が思い出したものよ。
頭のざわつきが、そう言って嘲笑っている様に思えた。
エデアさん・・・が、キメラと戦っている時に私が見た、悪夢の様な幻覚。
真っ赤な人影、神経毒の霧。
待ち構えていた帝国軍の兵士達。
あれらは私が過去に受けた、現実だ。
私は確かに、一度軍に捕まった。
霧に完全に覆われてからの記憶が途切れている。
兵士達は、皆変わった兜を被っていたと思う。
私は虚ろに、凛とした女の声を思い出していた。
「この魔女を、反逆罪で生け捕りにする!」
・・・反逆・・・?
・・・魔女?
何を言っているのか分からない。
目が利かなくなりつつあり良く見えないが、赤いのは女の髪とマントらしい。
「何をボサッと突っ立っている。すぐに捕らえろ!」
彼女は周りに控える兵士達に指示を出した。
彼らは突き動かされた様に、一斉に私に向かって来る。
すぐに囲まれ、取り押さえられた。
相手はやけにきびきび動く。
そうか、彼らの兜は、この霧を防ぐ為の・・・
「い・・・や・・・!た・・・すけ・・・て・・・!」
霧の毒によって神経が侵され、声すらまともに出ない。
それでも必死に暴れ、腕を振り上げようとする私に驚いた兵士が剣を抜き切りかかる。
「いたっ!」
その刃先は私の左手の甲を切り裂いた。
痛みと恐怖で、暴れて視界を遮っていた髪の色が薄くなっていく。
「切るな!生け捕りにしろと言った筈だ!」
「たす・・・け・・・・・・」
「黙れ!貴様の企みは最早、全帝都民の知るところとなっている。観念しろ、魔女め!」
違う・・・誤解よ。
違う。
私は・・・。
私は・・・・・・。