rafis t'arka


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人工言語 アルカ 考察

このページは、個人的なアルカに対する考察をメモしておくページです。
特に批難や攻撃や被害妄想とかそういうたぐいではないです。

ここでは”人工言語”も”架空言語”も語として"人工言語"として統一しています。
とりあえず、"人工言語"アルカについて書き進めるのもあって、ここでは"人工言語"と表記します。

 

アルカは小さなコミュニティの中で使われる人工言語として始まった経緯がある(と聞いた)。
主にネット上での活動であり、数人の共同作業者とともに、一つの土台とその上に咲く花を育てていった。
一つの節に至るまでには──ここでいう一つの節、というのはアルカに関してメインで活動していた
seren arbazard氏が現実世界で自らの過ちによりその活動フィールドから隔離されてしまったため、
そのタイミングを指す─
人工言語という特性を活かし、文化面ではゲームや小説、
研究面ではその論文という形で、多くの
個人(または少数人数)の作による人工言語にしてはめずらしい規模になっている。

アルカには2つの側面を感じている。

一つめは人工言語としての側面。
二つめは世界観・人工文化としての側面。

人工言語としての側面

アルカは、少数の実使用者という土壌の上に、言語学的な強度を備えた支柱が建ち、
幾度となく支柱そのものや葉(文字や単語)や茎(文法)の形を変えて成長してきた言語である。
少なくともその草(言語)は、ある程度の言語学的な知識があれば、
その形さえ知ってしまえば新たに枝葉を増やす(派生言語や方言、語彙を増やす)ことも
実をつける(文章や絵などのコンテンツを作る)こともできるという点で、
しっかりした支柱ができていると言える。
その土台は、まさに植物の植え替えのごとく、初期のメンバーで固められた土壌の根から
新しくメンバーが加わりそして初期のメンバーが去り、新しい土壌と根に変わりつつある。
もっとも、それまで成長した根の形は失われず、新しい土壌に合わせて形を変える程度である。
現在は、新しく加わったメンバーがメインとなって葉(単語)や茎(文法)を拡充している。
そのまま茎をのばしている(言語として成長させている)というよりは、
不要な枝や葉を剪定し(不要な情報をそぎ落とし)接ぎ木や添え木(足りない語や用例を補い)をして、
葉についた虫を払い落している(辞書のメンテナンス)ような状況である。

世界観・人工文化としての側面

アルカは、その発生当時の架空の世界観を継続して作りこまれている文化という側面がある。
言語背景の文化とは、言語がどう使われるか、どのように使うか、実用面での性格付けを行う
添加剤のようなものであり、言語として成長するうえで必要不可欠な要素である。
しかしこの世界観、文化には若干のクセともいえる問題点(とまではいかないが)がある。
個人(または少数グループ)が作成しただけあって、個人的な見解や文化記述が散見される。
いくつかの文化、世界観情報は初期メンバーのコミュニティでの話題も含んでいるため
──しかもそれが神格化されたものもあり──辞書やサイトに残されている情報としては
全体で全体の整合がとれる状態で緻密に絡まっている。
しかし、その整合の複雑さは反面、追加や拡張するのが困難ということである。
それもあって、アルカという言語全体を成長させてきたコアメンバーから、あとから参入したいわば
メンテナンスメンバーへと引き継がれた現在、言語の成長を助ける文化面は凍結している状態である。
引き継いだメンバーの間では、既存の文化面について知ることができないため補うことも
付け足すこともできないため保存する流れになっている。

これは離脱している氏の意向も同様である。

次のステップ

アルカは現在、その制作を担ってきたメンバーを変え、かつ一般向けな言語として標準化されようとしている。
一般向けに標準化するうえで、初期のコミュニティを源流とする文化、拡張の難しい世界観は障害となるのである。
下手に文化や世界観を追加すると既存の文化、世界観と競合したり矛盾したりするようではn次創作の枷になってしまう。
それならばいっそ言語として凡庸な形に進化させ、文化面はコンテンツが作ろうとする世界観を
重視できるようにするのがよいと判断されたらしい。
さまざまな文章表現を妨げない言語として、必要な語彙や用例を適宜拡充し創作を助ける。
またアルカという言語を構築するうえで必要最低限の範囲(文字とか月相とかその辺り)にまで文化を縮小し、
コンテンツが言語のもつ文化に縛られないようにする(言語が縛るのは語法によるものにおさえる)。
まとめると、
人工言語としての側面は継続して拡張・標準化を進める。
世界観・人工文化としての側面は縮小・漂白を進める。
大きな流れとしてはこんな感じである。


疑問と不安

一般向けな人工言語として標準化するのは、少数グループ向け言語から大衆向け言語への変化において
避けては通れない転換点であり、あってしかるべきと思う。
ここで気になったことがある。凍結状態で保存される文化面についてである。
文化面を縮小した言語は、一次創作者(マンガや小説の作者、著者)にとっては使い勝手がよい状態となる。
では、「アルカの文化」を題材にコンテンツを創ろうとした場合はどうだろうか。
複雑に絡まった文化をほどきながらコンテンツに落とし込む作業が必要になる。
これは、アルカの(黒)歴史に触れるな、触れたらやけどするぞ。ということなのだろうか。
アルカという言語文化を親コンテンツとする二次創作ができなくならないか、それは心配な点である。
せめて、整合や検証が可能なレベルに整理してアーカイブしておく必要なあるように感じる。。。

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