京太郎「うー」

京太郎「あー」

京太郎「うー」

憧「……ゾンビ?」

京太郎「誰がゾンビですか」


 椅子に座り、背中にボールペンを当ててよりかかる。

 僅かに湾曲しつつ斜めに拵えられたキャップが背骨付近のこりをほぐし、物足りないが心地よいのだ。

 そのまま首などを捻ってみれば、隣でノートパソコンを弄る新子憧が迷惑そうに顔を上げ、赤いフレームの眼鏡をやおら下げる。


和「どうしたんですか、須賀くん?」

京太郎「いや、実は昨日フットサルでやりすぎてさ」

憧「……麻雀しなさいよ」


 麻雀部なんだから、と新子憧が呆れ顔を向けるのに苦笑で返す京太郎。

 元々は運動部であったので、身体を動かすのは好きであった。

 これでもハンドボールをやっていたときは「拳願阿修羅」と二つ名を付けられた選手である。一応、中学時代は県大会の決勝まで行く程度には本気だった。

 ちなみに二つ名は、フェイントを喰らいかけた後など咄嗟の際にはパンチングでやたら弾き飛ばしていたからだ。


憩「……」


 程好い疲労感を通り越した筋の痛み。

 基本的にキーパー以外が蹴りを使えないハンドボールとの違いが現れる。というか戸惑って、ドリブルしそうになったり。


京太郎「いや、色々付き合いとかあるんだよ……そういうのが」

憧「……麻雀ほっぽって?」

京太郎「い、いやー……それはー……」

憧「ふーん? うちの部最弱なのに遊んでる余裕があるんだ」

京太郎「うぎ……い、いや、だって部活なかっただろ?」

憧「何切るやるとかないの?」

京太郎「いや、今まで散々やってるからな……何切る」

憧「いつだって基本は大事でしょ。特に京太郎のスタイルなら」

京太郎「それはそうなんだけど……」

憧「だけど?」

京太郎「付き合いもやっぱり……」

憧「は?」

京太郎「……はい」


和「……ふふ」

和「なんだが、子供の授業参観で言い争う夫婦みたいですね」

憧「!?」

京太郎「?」

憧「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふ、ふふふふふきゅふふふふ、ふぅっふ、ふふ」


 バルタン星人かな。


京太郎「憧と? ないない」

憧「……」

京太郎「……憧?」

憧「……べーつーにー」


 途端に冷淡な目を向ける憧と和に、力ない笑いで返す。

 ……確かに。言われてみたら、失礼である。

 こんな否定の仕方では、完全に憧に女としての魅力が一ミリどころか一ミクロン程もない……と聞こえなくもない。

 お洒落に気を遣っている新子憧としては面白くないはずだ。


 だが、では一体なんと言えばいいのか。

 ①「いや、そういう意味じゃなくて……憧は可愛いと思うけどな」

 ――――うん。

 なんだこれ、気持ち悪い。言葉を濁した分、なんか変に真に迫ってる。

 確実に空気が微妙に妙なことになる。これこそないない。

 ②「あ、いや……憧は可愛い方なんだから気にすんなよ?」

 ――――うん。

 なんだこれ、フォローしながら余計抉ってるではないか。

 恋人かできない相手に「いい人だと思うよ?」みたいな言葉を投げかけてる感MAXである。実際言われると凹むのである。言葉は刃なのである。

 却下。

 ③「憧、ケッコンしよう」

 論外。あたまおかしい。

 というか、そんなホイホイケッコンしたいだのとケッコンしようだのと言える訳がない。白い衣装の新婦さんの前に白い服のお医者さんだ。

 後々、鬼の首を獲ったようにからかわれかねないし……。

 ないない。


京太郎(そもそも……悩む問題なのか、これ)


 思考先生の新作を打ち切り、京太郎は頭を上げる。

 ……と。

 ナース服と言えば。


京太郎「あの、荒川先輩……?」

憩「なーにーぃ」

京太郎「なんで、俺の後ろに……?」

憩「んーとなーぁ?」

京太郎「はい」

憩「……」

京太郎「……」

憩「……」

京太郎「……」

憩「……なんでやろ?」

京太郎「俺に聞かれても……」


 まさかモリアーティ教授やレクター博士じゃあるまいし。

 或いはサイコメトラーなら判るかもしれないが、正直それぐらいの能力でもなければ荒川憩の考えてることは読めない。

 決して傷付かぬ甲殻が如く、彼女からは笑顔が絶えない。さながら笑顔のポーカーフェイスだ。


京太郎「憧、判るか?」

憧「なんであたしに聞くのよ」

京太郎「……」

憩「……」

京太郎「なんでですかね?」

憩「なんでやろ?」

京太郎「さぁ」

憩「なーぁ?」

憧「……」 イラッ

和「……ふむ」 カチッカチッ ロン!


 教えて、憧先生と呟いてみる。

 睨まれた。


憧(……はぁ)

憧(……っていうかさ、それを言ったら京太郎と憩さん近くない?)

憧(……)

憧(なんて聞いてもどうしようもないしというかそれで変な答え帰ってきたら困るっていうかショックっていうか)

憧(いや別にあたしはショックでもなんでもないけど憩さんがこんな色々鈍感なダメダメ男に引っ掛かるのが危ないだけであってあたしは別にショックじゃないし)

憧(いや別に京太郎が誰と付き合おうと勝手…………でもないよね。だってコイツしずと別れてるし。やっぱ、まだしずのことを好きでいて欲しいっていうかさ)

憧(軽い気持ちでしずを振ってたら絶対コイツのことブッ飛ばしてやる! しずは平気そうにしてたけどそれこそショック受けてるに決まってるでしょ!)

憧(麻雀やりたくてここに来たって言ってたからには、本気をちゃんと見せて貰うから……!)

憧(……)

憧(『憩さんともし付き合ってたら?』……ないない)

憧(だって出入りしてるの見たことないし、それこそ声も聞こえ――)

憧(聞こえ……)

憧(……)

憧(~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?)


憧「ふきゅぁ」

和「……憧?」

憧「なななななななななんでもないわよ!」

憧「シャワー浴びながら歌ってる声が聞こえてくるしひょっとしたら寝てるときに変な声が聞こえてきちゃうとかとか」

憧「それのせいで毎回今シャワー浴びてるんだとか思っちゃってるとかそんなのない!」

和「……シャワー?」

憧「ふきゅっ」

和「ああ、暑いですね。今日」

憧「そ、そうそう! 暑いからシャワー浴びたいのよ!」

憩「シャワー浴びたいなーぁ」

京太郎「暑いですもんね」

憩「京くん」

京太郎「なんですか?」

憩「想像した?」

京太郎「え、何をですか?」


 そりゃあ――と、小さく微笑む荒川憩。それから、京太郎の耳許に口を寄せて呟く。

 やけに、色めいた響きである――


憩「うちとか、憧ちゃんがシャワー浴びてるとこ」

京太郎「いえ、まったく」

憧「……」

憩「なんや、京くんってばつまらんよーぉ」

京太郎「いや、つまるつまらないの問題じゃないですよね?」

憩「詰まるにしてもお風呂場の排水溝?」

京太郎「掃除はちゃんとしてるんでそれも……」


 ――――が、通じず。

 それこそ須賀京太郎を靡かせたいのならば、


京太郎(シャワーか……)

京太郎(和とか……シロさんとか……弘世先輩もいいな……)

京太郎(……)

京太郎(……うん)

憧「……」 ムッ


 ――――やはり胸部装甲というのは重要であった。

 なお、元カノやここの時間軸より未来でできる彼女とは関係ない。ないったらない。

 というか憩のそれは、完全にただ誂う響きすらなかったので京太郎も流した。(シャワーだけに)

 唐突に思い付きで話を振るはいいが、特段深い考えはないというパターンが多いのである。


憩「あ」

京太郎「どうしたんですか?」

憩「えっとなーぁ」

京太郎「はい」

憩「今日、うち誕生日なんやったんよーぅ」

京太郎「それ、忘れちゃ駄目ですよね!?」

憩「だって歳取ったと思いたくないんやもん」

京太郎「……あ、はい」

憩「思わなきゃ十七歳のままってはやりんが……」

京太郎「それは駄目なパターンです」


 御歳、十七歳と百六十七ヶ月となる瑞○はやりさんの二の舞は不味い。

 いや、決して瑞原は○りさんが不味いという訳ではない。

 実際のところ牌のお姉さんとして子供たちの前に出ている彼女は尊敬すべき人であるし、

 なかばアイドルという己のことを理解していて、男女関係の噂を見せぬところはまさに見上げたプロ意識であり、

 正直その若々しさと言ったらとてももうじき瑞原さんじゅうい――【検閲されました】――とは思えない。


 ……なお。

 面白半分で彼女の真似をしたら般若の面を被ったフリルのばば――【検閲されました】――フリルの少女に呪われるとか、

 十人で輪になって一斉に互いの携帯に電話して「瑞原は[ピー]り」と十回繰り返すと若さを十歳吸いとられるとか、

 イケメンが夜道を歩いているとマスクを付けた女に「はやりとすこやんどっちがいいかな☆」と聞かれて答え次第で拐われるとか。

 そんな“歳”伝説は関係ない。多分。恐らく。メイビー。


京太郎「……っていうか、初耳ですけど」

憩「言っとらんかった?」

京太郎「はい」

憩「本当に?」

京太郎「はい」

憩「……むむむむ」

京太郎「……」

憩「むむむむむむむ」

京太郎「……」

憩「……うん」

京太郎「えっと、答えは……?」

憩「ゆーとったか、ゆーとらんか覚えとるぐらいなら誕生日忘れんなーって」

京太郎「はは、ですよね……」

京太郎「……というか」

憩「んーぅ、なに?」

京太郎「本当に忘れてたんですか?」

憩「忘れとったねーぇ」

憧「……」

和「……」 カチカチ


京太郎「え、いや……本当に?」

憩「こんなんで嘘つかんよーぅ? 京くんのいけずー」

京太郎「いけずとかじゃなくて……」

憩「てやーぁ」 ドヒャァッ

京太郎「うおっぅうう!? 何を!?」 ビックゥゥ

憩「今、思い出したんよーぅ」

京太郎「へ?」

憧「……」 ムー

和「……」 カチカチ ツモ!!


憩「さっき、京くんは昨日サッカーやっとったってゆーとったやん?」

京太郎「サッカーじゃなくてフットサルですけど……」

憩「そうそう、そのフットサル」

憧「……」 チラッ チラッ

和「……」 カチカチ

京太郎「フットサルがどうかしたんですか?」

憩「そのフットサルがなーぁ」

京太郎「はい」

憧「……」 ウー

和「……」 ロン!! ココマデ キズヲ オッタノハ コートジボワール イライダ


憩「京くんゆーとったやん?」

京太郎「はい?」

憩「疲れとるって」

京太郎「はい」

憧「…………」 ムー

和「……」 カチカチ ロン!! コンナヤツ コートジボワール ニモ ミタコトネェ


憩「疲れがとれるマッサージしてあげようかなーぁ、って」

京太郎「本当ですか?」

憧「……!?」

和「……」 カチカチ

憩「すっごい気持ちよくなれるんよーぅ」

京太郎「へぇ……」

憧「…………ッ」

和「……」 ツモ!

憩「なぁ、うちと気持ちよくならん?」

京太郎「えっと……」

憧「~~~~~~~~~~~~!?」

和「……」 カチカチ

憩「フットサルした疲れとるんやったら、丁度いいんやないかなって」

京太郎「そうですね……」

憩「それどころか、された人……最高って言っちゃったりもするんよーぅ?」

京太郎「……痛くないですか?」

憩「痛くせんからだいじょーぶっ」


憧(ふふふふふふふ、ふっとうする!? 沸騰しちゃって疲れてる!?)

憧(ちょ、ちょうイイ!?)

憧(さ、最高ってイッちゃったりする!?)

憧(い、痛くしない!? 初めてでも!?)

憧(……)

憧(~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?!?!?!?!?!?)

憧(……)

憧(ふ、ふきゅぅっふきゅふふっきゅふふふきゅぅぅぅぅうぅぅぅぅう!?)

和「……憧?」

憧「あ、こ、怖いけど大丈夫! あと今日は大丈夫だから!」

和「……」

憧「……ぁ、あれ?」

和「なるほど……確かにここの中は怖いですね」

憧「へ」

和「でも、大丈夫というなら……」 カチッ

憧「え」

和「……あ」 ロンッ!!

憧「……あ」

和「……」

憧「……ごめん」

和「……いえ、こちらこそ」


 ……しかし。

 それにしても、マッサージはともかくとして……誕生日を忘れるものか。

 いや、或いは。

 皆に誕生日を言った――と思っていたのに、誰も指摘してくれないから――自分も忘れてたという風に振る舞ったのか。

 だが、それにしても。


憩「んー?」


 ここまで笑顔でいられるものなのだろうか。

 普通もうちょっと、寂しがったり悲しがったりが顔に出やしないか。

 同じ立場なら、実際ショックだ――――と京太郎は思った。

 事実、軽く合同合宿に特段の言伝てや断りなく置いていかれたときなど、

 「まぁ、付いていってもしょうがないよな」「でも力仕事とか大丈夫なのか?」などと考えつつも、ひょっとして嫌われるようなことをしたか?――とも考えた。

 俗に言うあれだ。

 仲良し三人組だけど、ペア作るとなると自分以外の二人。

 他の誰かが飯食い行こうと提案したら皆行くが、自分が提案してもスルーされるというあれ。

 なんか顔を会わせたら、全然知らない話題をしてて……自分はその遊びに誘われてなかったというあれ。

 判る人間には、判るのではないだろうか。


 ……。


京太郎「荒川先輩」

憩「なーにぃー?」

京太郎「どうして、なんでそんなに笑顔が素敵なんですか?」

憩「へ?」


憧「…………っっっ!?」 ガタッ カチッ

和「……憧」 ロンッ! コノシュンカンヲ マッテイタンダー!

憧「あ、ご、ごめん!」

和「……二連続放銃ですか」


 あ、いや、これは言い方を不味ったと頬を掻く京太郎。

 流石に言葉が足りないと言う騒ぎではない。言語中枢に支障を来しているレベルである。

 確かに言いたいことは殆ど同じにせよ、なんかおかしい。

 慌てて訂正をしようとするが、当の荒川憩は実に落ち着いたもので瞼を閉じつつ軽く頷いた。

 言わなくても判っていると言いたげだ。

 やはり、流石は白衣の死神――――ではなく血染めの天使じゃなく――――破壊医者――――じゃなくてニコニコ笑顔の荒川憩だ。


憩「京くんの言いたかったこと、判るよーぅ」

京太郎「そうですか?」

憩「今日、うちは誕生日やん?」

京太郎「はい」

憩「で、誕生日なのに誰もうちのこと祝ってくれん感じよねーぇ」

京太郎「はい」


 やっぱり流石だ。ここまで合ってる。


憩「で、なんもプレゼントもないのは気の毒ーて思て」

京太郎(……ん?)

憩「今のは口説き文句。京くんが、うちに貞操をプレゼントって――」

京太郎「違います」

憧「…………ッッッ」 ガタッ

和「……憧」  ロンッ! ダメジャナイカ シンダヤツガ デテキチャ

憧「ご、ごめん! ごめんね、和!」

和「……次は気を付けて下さいね」


憩「え」

憩「ああ、せやねー」

京太郎「そうですよ……本当」

京太郎「やめてくださいよ、そういうのは」

憩「うん、違ったなーぁ」

憩「京くんは貞操やなくて童貞を――――」

京太郎「断じて童貞違います!!!」

憧「ふきゅぅぅぅう!?」 ガタッ

和「……」 ロンッ! チョーシ コカセテ モラウゼッッッ!!



憩「え」

憩「京くん、それセクハラ……」

京太郎「その前に逆セクハラです」

 最後で盛大に間違えるとはどういうことだ。

 あれか。妖精さんが羅針盤を変な方向に回したのか。

 というかそも、羅針盤を回すな。というかジャイロ式方向指示器使えよ。というかGPSはどうした。

 もう、それはそれは道を盛大に踏み外して逸れていた。

 そう、さながら刃牙道が如く。ババアとジジイのキスとか誰得だ。

 というかあの漫画はもう突然の隕石で範馬刃牙を殺して、主人公をジャック・ハンマと愚地克巳と花山薫にするべきだ。

 あと、独歩ちゃんも元のキャラに戻そう。死刑囚編までの独歩ちゃんと、アライJr以降の独歩ちゃんは別キャラだ。

 あと、エアマスターは居てもジョンス・リーはハチワンダイバーに出てなくて、あれはジョンス・リーに憧れて模倣しているだけの別キャラ。いいね?


 ……と、こっちの話も逸れた。妖精さん恐るべし。


京太郎「……やめて下さいよ、そういうの」

京太郎「シロさんも最近やたらからかってきますし……困りますって」

憩「そーぉ?」

京太郎「そうです」

憧「……」 ホッ

和「……ふむ」 カチカチッ ツモッ!


 以前誰かから、女子校は下ネタ方面がえげつないと聞いた。

 今自分が味わっているのもひょっとしてそれか、と京太郎は内心小首を傾げてみた。

 女所帯だし、半ば女子校のようなものだろう。

 できれば男子に入ってほしい。下らない男同士の話もしたいが――――残念ながら新子憧がやたらと緊張するので、取り消しである。

 というか、麻雀に本気ではなく女目当てで来た男は弘世菫と辻垣内智葉と荒川憩によって潰されていた。

 本気で来た人間も、弘世菫と辻垣内智葉と荒川憩の強さによって潰されていた。

 どのみち潰れていた。ここはプレス機か何かだろうか。

 無論京太郎も潰されたが、潰されても立ち上がったら捏ねくり回されていた。今はハンバーグや何かだろうか。


憩「京くんのいけずーぅ」

京太郎「『いけず』じゃなくて……」

憩「あれなん?」

京太郎「はい?」

憩「憧ちゃん一筋なん?」

京太郎「え?」

憧「……っ」


憧「……」 ドキドキ

憧「……」 チラッ

憧「……」 ソワソワ

憧「……」 フゥ

憧「……」 チラッ

憧「……」 ブンブン


京太郎「憧ですか? ないない」

憩「……」

和「……」

憧「……」 ムスッ

京太郎「え?」

京太郎「え」

京太郎「あの……俺、なんか変なこと言いました?」

憩「……」

和「……」

憧「……」 ツーン

京太郎「え?」


 あからさまに苦笑を浮かべる荒川憩。

 原村和と新子憧は、向こうでネット麻雀に興じているようである。……幸いにして会話を聞かれてはいなかったらしい。

 女扱いすると――つまりはまぁ、女性として見られて男から声をかけられると非常に硬直する癖に、

 かといってお洒落が好きで、女の子扱いしないと怒るというのは実によく判らない。

 まぁ、『お洒落が好き』というのと『ナンパをされたい』というのはイコールではなく、『綺麗に見られたい』と『男にモテたい』とは別問題なのだろう。

 実際のところ、女心はよく判らんというのが結論である。


京太郎「……で、話を戻しますけど」

憩「うん」

京太郎「俺の師匠になる人って……そういうからかい方するルールでもあるんですか?」

憩「へ?」

京太郎「部長もよくそんな風にからかってきましたし……」


 それだけ、須賀京太郎は苛めてオーラを出してるということか。


憩「京くん」

京太郎「はい?」

憩「うち、京くんの師匠やないやん」

京太郎「あ」

憩「あとなーぁ、菫ちゃんも智葉さんもしとらんよーぅ」

京太郎「あ。……福路先輩もそうだよな」

憩「あと、憧ちゃんもそうやん?」

京太郎「あー。…………でも変な挑発とかしてきますよ、憧の奴」

憩「……」

京太郎「先輩?」

憩「……たはは」


 なんなんだろう。いつもニコニコ素敵な笑顔が、心なしか曇っている。

 さて――。

 瞼を軽く閉じ、京太郎は沈黙。似たようなからかい方をしてきた、と話題に挙げた竹井久を思い浮かべてみる。

 『Q:部長、いつも笑顔の先輩が心なしか曇っている気がするけどどうしたらいいんスか?』

 『A:いっそ、もっと曇らせちゃいなさい!』

 ――――駄目だ。宛にならない。しかも言いかねない。

 久姉の相談教室、失敗である。間違いなく賑やかし面白がらせることしかしなさそう。あと、なんかすごく咲が出てきそう。

 咲と言えば、咲のことを考えると時々に赤みかかった髪の別の人物が思い浮かぶのだが――まぁこれはいい。忘れよう。


憩「というかな、京くん」

京太郎「はい」

憩「これ、話……元に戻ってへんよ?」

京太郎「はい。……正直、その言葉を早く聞きたかったです」

憩「そうなん?」

京太郎「はい。……このまま話が逸れたらどうしようかと」

憩「……もう」

憩「そういうのは、ちゃんと言わんと伝わらんやん」

京太郎「はい」

憩「めっ」


 腰に手を当てて、身体を軽く曲げながら人差し指を突きだす荒川憩。

 あらかわいい。


憩「そんなんゆーても、誤魔化されんよ?」

京太郎「口に出てました?」

憩「出てました」

京太郎「え」

憧「……」

憩「でとったなーぁ」

京太郎「え、本気で?」

憩「え、本気なん?」

京太郎「え」

憩「え」

憧「……」 プルプル


京太郎「え、本気で言ってました?」

憩「本気で言ってたん?」

京太郎「ん?」

憩「ん?」

憧「……」 ウググ

京太郎「ちょっと待って下さい」

憩「うん、ええよ」

京太郎「俺、本気であらかわいいって言ってました?」

憩「なんで、それ(本気かどうか)をうちに聞くん?」

京太郎「え」

憩「え」

憧「……」 グギギ


京太郎「ちょっと待って下さい、整理します」

憩「うん」

京太郎「まず……」

憩「うん」

京太郎「『あらかわいい』」

憧「……っ」

京太郎「俺、本気でこれを言ってる――ってことでいいんですよね?」

憩「うちに聞くんて……本気なん? 本気やないん?」

京太郎「え」

憩「え」

憧「……」 ジワッ


 おかしい。なんだか、話題が極めて近似値ながら永久に交わらないこの感じ。

 コントか。

 ここは、言い直すべきだろう。


京太郎「えっと……俺、本当に『あらかわいい』って言ってました?」

憩「あ、そっち?」

京太郎「はい。……あれ、こんな感じの“本気”って使いません?」

憩「うーん、どうなんやろー?」

京太郎「で、つまり俺が急にこう……」

京太郎「『あらかわいい』」

憧「……っ」 ググッ

憩「うん。そうなんよーぅ……こうな? いきなり、ぼそーっと」

憩「あんなん、驚いてまうってー。もーぅ」

京太郎「それは、すみませんでした……その、無意識だったから……」

憩「こら、そーゆー言い方が駄目なんって」

憩「めっ」

京太郎「あらかわいい」

憧「……っ」 フルフル


憩「もーぅ、京くん!」

京太郎「あ、やべ……す、すみません」

憩「京くん忘れとるかもしれんけどな、うちはお医者さんやなくてな? 普通の女の子なんよーぅ?」

憩「だから……その、あんまり『かわいい』『かわいい』言われたら……うちも恥ずかしいんですーぅ」

憩「だからな、京くんも先輩んことをそんな風にからかうのは駄目なん……判った?」


 両手を腰に当てて、あまり慣れない怒り顔を懸命につくって、上目使いで問いかける荒川憩。

 心なしか、頬っぺたが赤い。

 これは――――


京太郎「あらかわいい」

憩「……もぅ!」

憧「……ぅぅう」

憩「京くん」

京太郎「なんですか、荒川先輩?」

憩「投げと絞めどっちがええー?」

京太郎「おそロシア……すみません、ごめんなさいですハイ」

憩「もぅ」


 さて。話を戻そう。

 というか何度目だ、これ。


京太郎「その……前からずっと思ってたんですけど」

憩「なぁーにー?」

京太郎「荒川先輩って、いっつも笑顔じゃないですか」

憩「……そう?」

京太郎「そうです」

京太郎「その……そういうの、すごいと思うんですけど」

京太郎「なんていうか、かっこいいって言うんですか?」

憩「……んー?」


 ずっと、苦笑でも困惑でもない笑いをしていられるなんて、本当にすごいと感じる。

 多分きっと、どんな苦境にあっても荒川憩は微笑むだろう。

 まるで曇らない太陽だな――なんて京太郎は思った。

 見るものの心を和ませるし、落ち着いて穏やかな気持ちや、暖かい気分にさせてくれるだろう。


 ……ああ、いや、女子にしつこく絡む男を投げ飛ばして締め上げたときも笑顔だったのは怖いけど。

 路上で投げ技とか正直危ない以外の何者でもないが、まぁ、投げ飛ばした最後に頭を蹴って掬っていたので受け身がとれなくても大丈夫だろう。

 というかあれ、どんな技だ。

 背負い投げをして、こう、最後に投げた相手の頭をローキックで刈るとか。

 まさか受け身とれずに頭打って死なないためのセーフティーではあるまい。

 多分、本来は最後の蹴りが顔面にブチ中っている筈だ。

 ……柔道の技にそんな投げ技なんてあるのか?


京太郎(いやいや、今これは関係ないよな)

京太郎(ハンドボールとかやってたけど、格闘技とかは縁がないし……判るわけないか)


 とりあえず思考を打ち切る。


憩「なんで笑顔って言われてもなー」

憩「んー」

京太郎「……やっぱ、変な質問でした?」

憩「変なって言うか……んー」

憩「逆に京くんなら、どんな時に笑顔になるん?」

京太郎「俺ですか?」

京太郎「俺は……」


 笑顔、笑顔……と考えてみる。

 正直特段意識したことはない。……ということは、こんな風に難しい質問を自分は荒川憩に投げ掛けていた訳だ。

 笑顔――と言われて、まず思い付くのは高鴨穏乃の言葉だ。

 あれは確か、竹井久から麻雀を一通り教わって――――その秋の国民麻雀大会で、宮永咲に向けられた心無い一言を必死に否定しようとしてた頃の話だ。

 同時に脱初心者特有のスランプに陥ってたとき。

 なんとか自分のオリジナルを確立させようと、普通の麻雀打ちを越えた技術を得ようと福路美穂子に教えを乞うて、

 その力もまだ満足に扱えなかったとき。


京太郎「……麻雀とか?」

憩「あれは笑顔やないよぅ」

和「あんな凶暴なのが笑顔なんてあり得ません」

憧「かっこい……いや、かっこワルいでしょ」

和「……」


 酷い。


京太郎「じゃあ……やっぱり楽しいときとかですかね」

憩「どんなん?」

京太郎「サッカーしてるときとか」

和「麻雀部ですよね」 ズバァ

京太郎「……」

京太郎「……俺、なんか和を怒らせるようなことした?」

和「?」

和「なにがですか?」


 酷い。

 癒されたい。超癒されたい。

 できれば巨乳で、趣味があって、おしとやかで、黒髪ロングで、巨乳で、可愛くて、明るくて、家庭的な女の子に癒されたい。

 ……なんて。

 そんな都合のいい女の子がいるはずもない。居たら絶対告白する。

 もし将来出会うことがあったらケッコン間違いなしである。


京太郎「あとは……憧や和と遊びに行ってるときですかね?」

憧「へ、へー」

憩「なんやぁ、やっぱり憧ちゃんと仲ええやん」

京太郎「……まぁ、そうですけど」

憩「二人でデートとか、仲良しさんやなーぁ」

憧「べ、別にデートとかそんなんじゃ……」

京太郎「いやいや、デートとかじゃありませんって」

憧「……」

京太郎「それに普段強気な癖に内弁慶で男苦手な憧とデートとかなったら、どれだけテンパるか――――痛ってえええええ!?」

憧「ふんっ!」

憧「デリカシー皆無でただデカイだけの金髪不良まぎれ男とデートとか願い下げよ!」

 思わず「何を」と叫びそうになるが堪える。

 確かに、やや言い過ぎたというのはある必要以上に憧を貶める言葉を言ったとも。

 ややからかい交じりで「内弁慶」だなんだかんだ言ったというのは否定できまい。

 ……だからって蹴るものだろうか。疑問であるが。

 女はよく判らない。特にそう思う。フラれたりしたからなお思う。

 どれだけ仲良く(意味深)やってもね、結局はフラれるんですよ。

 あんなに一緒(意味深)だったのに、夕暮れはもう違う色なんですよ。


 ……と、着信である。


京太郎「もしもし?」

シン『京太郎』

京太郎「おー、シン。どうしかしたかー?」

シン『お前は、オレの敵だぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ――――――!』

京太郎「え」


 電話切れた。

 ……なんだったんだ。


京太郎「え」

憧「どうかしたの?」

京太郎「いや、なんか……『お前は俺の敵だ』って、シンから」

憧「……他二人じゃないの?」

京太郎「他二人じゃなくて」


 ……と、メールである。

 着信の主は古市孝之、内容は――――


京太郎「あー」

憧「なーにー?」

京太郎「おい、覗き込むなって」

憧「別にいーでし――」

京太郎「?」


 掌においたスマートフォンを、横から覗き込もうとする憧が停止する。

 停止というか硬直する。

 硬直というか、硬化である。「こうか!」と言わんばかりに固まっているのである、なんちゃって。


京太郎「……だから、男苦手なら近寄るなって」

憧「うううううう、うるさい! 別に苦手なんかじゃなくてただちょっとびっくりしただけであってそれ以上の理由はないわよ!」

京太郎「……それを苦手以外の何でもないんですが」

和「苦手ですね」

憩「超ニガテやねー」

憧「ぅぅぅぅぅぅううううう…………」


憧「な、内容は!」

京太郎「えーっと」

京太郎「『なんかシンの奴、サークルの先輩のせいでかなりストレスためてて、今へべれけになってる』」

京太郎「『そこで陽介が話題変えようとして、京太郎のとこの先輩の恵まれようについての話を出して』」

京太郎「『地雷踏んだ。流石はジライヤ』」

京太郎「だって」

憧「……」

和「……」

憩「おもろいお友達やなー、京くん」


 面白いと呼べるのだろうか。

 密かに残念トリプルスターとか、金銀銅残念ズとか、残念戦隊とか――。

 「『なんかお前ら後半につれて主人公が戦ってる間解説してそうな顔だよな(笑)』」とか煽られたりしている人間を前にそう言えるのは、すごいことである。

 なお何故かこの「残念」という括りからは友人であるシンは除外される。何故だ。

 ちなみにそのシンは、わざわざ煽ってくれた黒髪の学生服のカッコつけている人間から「『お前、アニメでいうと名前が三番目ぐらいにありそうだよな(笑)』」と言われてキレていた。


 この大概手が速いのはシンで、残りの二人はストッパーである。

 というかあの三人やたら荒事慣れしている印象があるし、古市に至っては実は高校の頃学校をシメていたという話もあるし、なんなんだろうか。

 たまたま通りがかったコンビニで絡まれたときに、その内の一人が「おいバカ古市さんだぞ」と言っていたのがやけに記憶に残っている。

 ちなみに京太郎は笑ってた。殺さないでくれと言われた。

 辻垣内智葉の言った絡まれた時の対処法は絶大であった。……同時になにか大切なものを失った気がする。


京太郎「……で」

京太郎「どんな時に笑う、でしたっけ?」

憩「うん、そうそーお」


 さて、考えてみる。

 ……やはり、いついつのいつが笑顔という話は実に難しい話題だ。

 例えるならパンだ。

 今までに食べたパンの枚数を覚えている人間なぞ、そうそういる訳がないのである。


憩「じゃあなーぁ、京くん」

京太郎「はい」

憩「例えばの話なんやけど……」

京太郎「はい」

憩「もしも、小さな女の子が泣いてるとしたらどうするん?」


 ……目を閉じて思い浮かべてみる。

 目の前が公園になった。

 そこの、ブランコに女の子が座っている。

 そう、やけに無表情で。

 でも、心が泣いているのだ。どことなく寂しそうにしている。

 その女の子の同級生らしき少年数人が、これ見よがしにその少女に向かって暴言を吐く。

 なんと言ったかは判らないが――少女が僅かに眉を上げた。

 たったそれだけであるというのに、その少女がどれほどそれに悲しみ傷付き、そして恥じ入っているかが判る。

 きっとこちらに――須賀京太郎に、そんな風に呼ばれているところを知られたくなかったに違いない。

 尚も同級生が囃し立てる。

 少女は立ち上がって、京太郎に「行こう」と――。


憩「……京くん?」

京太郎「え、ああ、はい」

憩「それでなーぁ、どうするん?」

京太郎「えっと……その、ボールを思いっきり蹴りつけます」

憩「え」


憧「泣いてる女の子に……?」

憩「ボールを……」

和「蹴りつける……?」

京太郎「……あ」

憧「……」

憩「……」

和「……」

京太郎「いや、違うからな? 違いますからね?」


 どんな鬼畜だというのだ。

 あれか。あれなのだろうか。そいつは悪魔超人か何かなのだろうか。

 初音ミクにバロ・スペシャルをかけて「お前の関節が歌ってるぜー!」とか言い出しちゃうウォーズマンか何かなのか。


京太郎「あの、言い間違えたんです」

京太郎「ボールを蹴るのは女の子相手じゃなくて、それを虐めてる方で……」

憩「京くん」

京太郎「はい、何ですか?」

憩「大丈夫。だいじょーぶ。判っとるからだいじょーぶ」

京太郎「は、はい……」

憩「……あんな、京くんはきっと疲れとるんよね?」

京太郎「え」

憧「見損なった……ちょっとは信じてたのに、信じらんない」

京太郎「おい」

和「須賀君、それは暴行罪になりますね。……相手が精神に外傷ストレスを抱えることになったら傷害罪です」

京太郎「アッハイ」


 何故だかいつの間にか、鬼畜にされている。

 こんな理不尽が許されていいものか。メロスでなくとも激怒するというもの。

 なお、メロスが死ぬほど走らねばならなくなったのはメロスが当初「大丈夫、間に合う間に合う」とゆっくり歩いていたが故である。

 ……などと、幼馴染みの文学少女が嘯いていたことを思い出す。


京太郎「とりあえず、待ってください」

和「通報をですか?」

憩「ちなみに黄色い救急車って都市伝説なんやってーぇ」

京太郎「いや、ガッカリ雑学じゃなくてですね」

京太郎「俺がボールをぶつけたのは、女の子じゃなくて悪ガキの方なんですよ!」

憧「悪ガキ?」

京太郎「そうなんだよ。実は、女の子がブランコに――」


 誤解を抱かれぬよう、先ほど目を閉じた際に浮かんだヴィジョンについて詳細に説明する。

 無口で、無表情に近い女の子が居たこと。

 だとしても、その女の子が内心悲しんでいることが判ったこと。

 女の子を囃し立てる悪ガキの集団が居たこと。

 そんな集団のリーダーらしき相手目掛けて顔面に思いっきりボールを蹴りつけたこと。

 そのまま飛び付いて、そのリーダー格にひたすら攻撃をしたこと。

 それからとても辛そうにしていた女の子に、笑いかけたこと――


京太郎「――――だから俺は女の子にボールを蹴りつけるとかじゃなくてな」


 誤解を解こうと熱心に……。

 冤罪ノーセンキュー。ウェルカム無罪、熱烈歓迎無罪ワンダーランドの心から繰り出された台詞は。

 結果――。


憧「……」

憩「……」

和「……」

京太郎「……?」

憧「……ロリコン」

憩「……す、すっごい想像力やねぇ」

和「……13歳未満は強姦罪です」

京太郎「え」


 悪化。


京太郎「い、いや……その……」

憧「っていうか、あんたみたいなサッカー経験者が小学生の顔面にボール蹴ったら危ないでしょーが!」

京太郎「いや、ハンドボール……」

憧「黙らっしゃい!」

京太郎「……はい」


 ハンドボールどころかハンドバッグならぬサンドバッグとばかりに、一方的に襲いかかる言葉の弾丸。

 とりあえず京太郎は肩を落として押し黙ることに決めた。女性と言い争うなど無謀にも程がある。

 そう、さながら茶道部が全国大会出場の野球部に試合を挑むように。なお野球部はアイス・グリーンティーに何か盛られた模様。


和「……須賀くん」

京太郎「はい」

和「その、どんな趣味を持つかは本人の自由ですが」

京太郎「はい」

和「無意識なのかは判りませんが、あまり公共の場で熱心に主張されるのもどうかと……」

京太郎「はい」

和「その、もしも全くの無意識だと言うなら……なるべく控えるようにした方が良いのではないでしょうか?」

京太郎「はい」

和「須賀くんがそんな風になるなんて、憧も優希も悲しみます」

京太郎(え、なんでその二人?)


 憧は悲しむというより怒っていたが、などと苦笑しつつ京太郎は努めて笑顔を保とうと努力。

 いつのまにかなんだか、空気が悪い。さながら魔女裁判のように。

 この手のギスギスした雰囲気は苦手であるので、努めて軽く振る舞い、ときには道化になる他ないだろう。割りと泣きそうだ。

 故に、咲や憧、優希相手にするような軽口を開いて――


京太郎「いや、あいつなら……優希なら寧ろ――」


 ――――喜ぶんじゃないだろうか。

 あまり当人のいないところで当人をどうこうと貶めるのは京太郎の信条に反する為行いはしないが、その……。

 片岡優希は残念ながら……無念ながら……、あの、所謂発育とは再来年ぐらいまで無縁の、実にフラットな身体だ。飛行機発着させれそうなくらい。

 だから、こう――自惚れる訳ではないが――仮にも告白した須賀京太郎が、その手の身体をストライクゾーンにすることとなったら、片岡優希としても望むところに――――。


和「須賀くん」

京太郎「……はい」


 なんて考えを一瞬でも抱いた自分がバカであったと、京太郎は後悔した。

 絶対零度の瞳である。

 なお、原村和からの視線が常に氷点下以下などということは勿論ない。付き合いはそれなりに長いのだ。

 なお、氷点下以上に上昇することはあっても人肌以上に行くことはない。例え世界線を跨いでもあり得ないのだが……まぁいい。


憩「――めっ」


 と、さながらえんがちょ切断ばりに、人指し指と中指を立てた荒川憩の右手が二人の間に割り込んだ。

 そのまま、よく見れば左手の二本も同じように立てられ開閉されていた。どうやら、蟹の鋏のイメージらしい。

 小さい手のひらと短い指が、なんとなく可愛らしい。


京太郎「あ、荒川先輩」

和「……荒川先輩」

憩「和ちゃんが本気で京くん心配しとって茶化されて怒りたくなるのも判るけど、笑顔笑顔」

和「はい」

憩「そりゃなぁ、なんか京くんがすっごい熱心に自分の想像をあんな勢いであんなに必死に喋り始めたら、友達として心配になるかもしれへんけどなーぁ?」

憩「和ちゃんが笑顔やなくなったら、京くんも笑顔やなくなっちゃうから駄目やん」

和「……はい」

和「須賀くんが鬼気迫る勢いで妄想を語っているのに驚いてしまいましたが……」

和「確かに荒川先輩の言う通りですね。すみません」


和「須賀くんも…………その、ごめんなさい」

京太郎「いや、俺の方こそ悪かったけど…………」

京太郎「……」

京太郎「……というか、そんなに俺ヤバかったのか?」

和「はい」

和「あれを総てあの瞬間に想像したとしたら、その、あの…………え、絵本作家でも目指したら、ど、どうかと」

京太郎「……あ、ああ、どうも。絵本作家か……その、ありがとな」

和「い、いえ……」

京太郎「え、絵本作家とかいいよな……」

和「そ、そうですね……そう思います」

京太郎「……」

和「……」

京太郎「……」

和「……」


 何が自分をそうも掻き立てたのかは、京太郎としても疑問である。

 ひょっとしたら昔、その手の映画や文章を見たのが偶々このタイミングで甦ったのかもしれない。

 そういう意味なら、なるほど絵本作家とは案外にこれは的確なのかも知れない。


憧「なんか、こう……喩え話はいいとしても、その後色々言ってたのが――――って感じ?」

京太郎「えっと、どういう意味なんだ?」

憧「なんか、必死過ぎてこう……逆に危ない感じがして気持ち悪いって判る?」

京太郎「あー……」

憧「まぁ、多分なんか昔に見た映画とかが偶々混ざったのかなぁって感じだとしても…………そこまで語られちゃうとなんか気持ち悪いわよ」

京太郎「そんなにですかね……」

憧「知らないものに鼻息荒くされても、あたしからは何にも判んないなら尚更だよね」

京太郎「あー、なんとなく判るような気がするな」


 興味もない映画の話されて盛り上がられた感覚に近いのか。

 それとも、呼んでもないのになんとなく飲み会に顔を出した職場の先輩がいきなり聞いてもないのに自分の彼女の話をし始めたようなものなのか。

 なんて考えてたら――。


憧「そりゃあ……まぁ、百年の恋も冷めるぐらい?」

京太郎「百年の恋もか……」

憧「そうそう、百年の恋も……」

京太郎「そこまでかよ!?」

憧「……」

京太郎「……ん」

憧「……ぅきゅ」

京太郎「……憧?」

憧「ひゃ、百年!? こ、こ、恋!?」

憧「い、言っとくけど! 言っとくけどね、これは比喩であって――」

京太郎「あ、ああ……判ってるって。どうせ、いつものだろ」


憧「……」

憧「……」

憧「……」

憧「…………む、ぅ」


 やけに不服そうに唸る新子憧の何が不満なんだろうか――と考えつつも、とりあえず思考を打ち切り。

 大体いつもここで余計な一言を口にするから憧と言い合いになるのだとは、さしもの京太郎も自認していた。

 気安い関係になると京太郎には、どうにも言葉が過ぎてしまうきらいがある。例えば、まぁ――宮永咲や片岡優希のように。

 付き合いの長さなら無論一位は宮永咲。半ば忘れてたとはいえ、児童の時分からの付き合いだ。

 ならば濃さなら新子憧が並ぶかと言えば――――やっぱり宮永咲が勝つだろう。

 ただ、他愛もない話だけでなく、大小相談事を持ちかけたことがあるということを加味するなら、ある意味、宮永咲との関係に近いのかもしれない。

 いや、近くないかも知れない。

 多分、アーカムシティとラクーンシティぐらいの近さだ。


京太郎「……」

憧「……なに?」

京太郎「いや……」


 さて、まぁそんな宮永咲と似ているかもしれないし似ていないかもしれないがともかく親しい仲となった新子憧その人の、

 そのパーソナリティがどことなくかつての級友、片岡優希に似ているといったらもう言うまでもなく京太郎から彼女への接し方は確定的に運命付けられるだろう。

 そう、所謂幼馴染みは負けヒロイン。ツンデレは負けヒロイン。ヤンデレは物理で突破――――最後のは関係ない。

 とにかく、女子だらけの部活でも問題なく過ごせるほどの穏和な人間性はどこ吹く風となるわけだ。

 あと、何となくライバル視。

 新子憧も御世辞にも運に優れているとは言えず、特段の能力もなく、それ故に引き換えに努力と度胸でスピードと手数を身に付けた打ち手。

 言うなればシルバーチャリオッツ。

 しかも、それで一年生ながらにインターハイ出場。全国の猛者と鎬を削り、決勝まで行ったのである。

 ある意味、京太郎が理想とする打ち手だ。運を技術で補うというタイプの。

 で、様々大小世話になり世話になられの結果、“とりあえずこいつには弱いところや負けたところを見せたくない”と思い至ったのである。

 というかそうすると茶化されたりする。

 これが片岡優希なら受け流してツッコミで返すところであるが、

 何となく咲っぽく思っている――つまりは新子憧のしょうもないとこを知っている――ため、一言余計に言ってしまう。

 “さきのくせになまいきだぞ”とか“さきならいいだろ”みたいな。

 だがまあ当然、新子憧は新子憧であるため、それこそ京太郎は咲の何倍もの火力でやり返される訳だ。駆逐艦と戦艦ぐらい違う。


 ……さて、で、何が言いたいかと言えば。

 須賀京太郎は無意識的に片岡優希+宮永咲のような対応をしてしまっていたのだが……。

 ここに来て、原村和が子供の頃の新子憧は片岡優希に似ていたと言っていたのを思い出した。

 そのとき、須賀京太郎に電撃が走る――――。


 片岡優希と新子憧はやや似ている。

 片岡優希は須賀京太郎に告白してきた。

 ということは、新子憧もひょっとしたら――――。


京太郎(もしかすると、憧は……!)

憧「……?」 キョトン

京太郎(いやいやいやいや、憧だよな? 憧だよな?)

憧「……っ」


 ――――なお。


京太郎(うーん……)

憧「……ぅ」 モジモジ

京太郎(あれほど俺のことを手酷く扱ってた優希が俺に告白してきたんだから、ひょっとすると……)

憧「……」 ムッ

京太郎(いや……でもな、憧は男嫌いだから優希とは違うよな)

憧「……」 ムスー

京太郎(優希はその辺結構気さくに来てたから、確かに言われてみたら……とは思わなくはなかったけど)

憧「……」 ムッスー


 ――――この間、実に。


京太郎(それにまぁ、手酷くって言っても優希はわりさっぱりしてたから)

憧「……」 プィ

京太郎(それに似てるって言っても昔の話だから……ないよな。うん)

憧「……」 ウー

京太郎(憧になんか悪いか、そういうの)

憧「……」

京太郎(妙に切り出して変な空気になって、俺のことまで避けることになったら……不味いよな)

憧「……」 プチン


 ――――2秒の早業である。


憧「あのねぇ、京太郎……!」

京太郎「あ、悪い」

憧「……へ」

京太郎「いや、苦手って言ってたもんな。男の視線」

憧「あ、まぁ、うん、いや……そうなんだけど……」

京太郎「悪い。ちょっと、無神経だったな」

憧「え……、ぁ、あぁ、まぁね」

京太郎「そうだな、うん、そうだよな」

憧「……え、なに」


憧(あーもー、あんまり見ないでよ。いくら京太郎だとしても……緊張するから)

憧(……いや、というか京太郎だから尚更緊張するんだけど)

憧(ぜんっぜん、本当そこらへんデリカシーないよねコイツ)

憧(確かにそこらへんの男の人にじっと見られたら緊張するんだけど、京太郎からは違う意味で――――って違う違う違う違う違う違う違う違うでしょ!?)

憧(別にコイツのこととか何とも思ってない!)

憧(確かにまぁ悪い奴じゃないし多分付き合ったら悪いことにもならなさそうだし意外と知り合ってから長かった分こっちの好みとか――――)

憧(顔は悪くないスポーツもできる身長高い頭はバカとは言えないやるときはやる努力型で気もまぁ利かないとは言えなくもない――――)

憧(少女漫画の登場人物かとも言えなくもないかもしれないけどでもコイツそれにしてもデリカシーないし肝心なところ駄目だし――――)

憧(なによさっきの最後のなんか勝手に一人で考え込んで答えだして安心してるみたいにだいたいあたし目の前にいるのになに――――)

憧(でも結構真剣な顔だったよねコイツスポーツやってたから真剣な顔は顔で中々悪くないって言うか少女漫画と言えば壁ドンが――――)

憧(さっきみたいな真剣な顔で壁に肘ついてあたしを挟み込んで覗き込みながら京太郎が顔近付けてきて耳元で――――)

憧(金髪はヤンキーっぽいし麻雀やってるときのコイツはかなりガン飛ばしてるからそんなヤンキーみたいな強引なのも似合わなくも――――)


京太郎「……あ、先輩」

憩「んー?」

京太郎「聞きたいことがあるんですけど……」

憩「なーぁにーぃ?」


憧(……)

憧(……)

憧(……)

憧(……ふきゅっ)


 話が随分と遠くまで来た気がする、というのは京太郎の気のせいではないだろう。

 あと長くかかった。一ヶ月以上、このメンバーでいるんじゃないかというぐらい。

 まぁ、大抵、こうなる。

 他愛もない話から別の話に繋がり誰かが話題を振ってそれに乗っかる内に本筋を見失うという奴だ。

 竹井久と話していたときなんかはその極みであった。

 本来なら何人もが話題をぶつけた果てに話が光の速さで明後日にダッシュ、時間の波を飛び越えて約束の場所へと向かうのだが、竹井久はそれを一人でこなす。

 ああも人を翻弄するのはまさに小悪魔だ。むしろ悪魔だ。鬼だ。ロッカーだ。

 ……で、一方こちら白衣の天使。


京太郎「ボールをぶつける……じゃなくて、女の子が泣いてたらどうするか――――ですよね?」

憩「うん」

憩「京くんのは……女の子が、虐められて泣いてたらってことでええんよね」

京太郎「……はい。なんか知らないけど、そんな風に思っちゃいました」

憩「んー、なんか覚えがあるのかもなーぁ」


 ただ、まぁ――――と荒川憩は言葉を区切って。


憩「あんな、京くん」

京太郎「はい」

憩「うちのは、そこなんよ」

京太郎「え、どこですか?」

憩「……」

憩「んー、京くんがうちに訊ぃとったことの理由?」

京太郎「…………って、言うと」


 いつも笑顔――――の理由、だろうか。


憩「うん」


 泣いてる女の子と、笑顔の理由……。

 まさか、人の嘆きや叫びを見たり聴いたりするとつい笑顔になっちゃう某ファストフード店の赤いパーマの道化師とは関係あるまい。

 子供心にあれは怖い。異様に不気味な奴だ。

 子供がそんな感情を抱くのは、「なんでグ○フィーは服来てるのにプルー○は全裸で四つんヴァイなの? 部活帰りにヤクザの車にぶつけたの?」と思うくらい自然である。

 同族がペットとして扱われているのにその飼い主と平然と友人となるグー○ィーに、アメリカの格差社会と○ィズニーの闇を見た気がする。

 閑話休題。


京太郎「えっと、どんな関係が……?」

憩「んーとな」

憩「人って、思った以上に他人の影響を受けるんよぅ」

京太郎「……っていうと」

憩「不機嫌な人と話してると皆ギスギスするし、辛い空気の中だと辛い感じになったり」

憩「憧ちゃんと喧嘩してて、覚えないー?」

京太郎「あー、まぁ、確かにちょっとは……」


 振り替えれば、京太郎の脳裏に浮かぶのは売り言葉に買い言葉の応酬。

 京太郎は気性が荒い方とは言えず、新子憧も男性が苦手だというのに、何故ああも言い合いになるのだろうか。

 それは常々疑問ではあった。


憩「そんな風に、人って影響を受けやすくてーぇ」

憩「ん、好きって思ってると相手からもそう思って貰えるって心理学的な効果もあるんよ」

京太郎「……なるほど」

憩「で、な」


 その話を聞いて、京太郎は合点が行ったと頷いた。

 荒川憩が常に笑顔を絶やさないというのはつまり、彼女の優しさであるのだ。

 泣いてる女の子がいたら――――笑いかけたならやがて涙も止まり、笑顔になるということ。

 だから荒川憩は、笑顔なのである。


京太郎「……」

憩「……あ、べ、別にそんな大層な理由やないんよ?」

憩「ただ、誕生日が6月で……ほら、雨が降っとるし……おまけに休日がないから」

憩「せめて誕生日のときは、皆笑顔でいて欲しいなーぁ……なんて思っただけで」

憩「あんまり、別に肩肘張ってなければあかん偉い理由でもなくてーぇ、あの……京くん?」

京太郎「……荒川先輩、格好いいです」

憩「ぇ?」

京太郎「荒川先輩のそういうところ……格好いいと思います」

憩「そ、そぅ?」

京太郎「はい」

憩「ん、もぅ…………うぅ」

憩「恥ずかしーぃって、京くん」

京太郎「格好いいですよ、荒川先輩」

憩「うぅ……」


 心底尊敬するとは、このことだろうか。

 そんな風に然り気無く人の笑顔を守るというのには憧れるものがある。そう、例えばあの敬愛して止まない執事のように。

 どうにも最近、然り気無くと行かない京太郎であった。

 半ば憧から「そんなことしてる暇があるなら打て」と目を光らされているというのもあるが――。

 とにもかくにも、格好いいのだ。そういうのは。

 派手ではない分、尚更そこには心遣いというのが見える気がする。尊敬がとどまるところを知らない、あの執事のように。


京太郎「笑顔の魔法、みたいですね」

京太郎「……なんか、やっぱり格好いいですよ。笑顔の魔法使い」

憩「うぅ……」

京太郎「……俺も、なりたいよなぁ。魔法使い」


 そう――。

 まぁ、あまりにも恥ずかしい話となってしまったが……。

 先ほど想像したあんな状況で、泣いている女の子の涙を止めてあげられるような男になりたい――――と思う。

 我ながらロマンチストかもしれないが、やっぱり人が泣いているのは気分がいいものではないのだから。


憧「ふきゅっ!? ま、魔法使いぃぃい!?」

和「須賀くんらしいですね」

憧「へ」

和「え」


 まぁ、そんなことを言っても具体的にどうしたらいいのかなんて判らないし、具体的にどうするのか考えるほど夢見がちではない。

 ただ、もしも誰かが泣いているようなところに出会うのなら――。

 そのときは、笑顔にできるような人でありたいよな……と思うだけだ。

 ……というか、同級生や上級生に話しかけられそうになって慌てている新子憧を背中に庇っているあたり、わりと日常かもしれない。


京太郎「荒川先輩、俺も先輩みたいに――」

憩「京くん」

京太郎「へ?」

憩「笑顔、なろ?」

京太郎「え……? ちょ、なんなんですか――――」






白望「………………………………あー」

白望「……ダッル」

胡桃「ちゃんと歩く!」

塞「確かに、あっちと比べるとこっちはねぇ……」

仁美「はぁん、東北ん方は涼しかっと?」

塞「流石にここまで湿気は……」

仁美「ふぅん。……ジュース甘かぁ」

智葉「湿気で髪がどうにも纏まらない。……白望もか」

白望「……」

白望(……あとで京に直して貰うか)

胡桃「こら! 京太郎に頼りすぎない!」

白望「え。…………エスパー?」

塞「そりゃ、こんな時に考えることと言ったらねぇ……」

白望「……」

塞「それに胡桃はエスパーというより、座敷わらし……」

胡桃「うるさい! お婆ちゃん!」

塞「おばっ!? ちょっとそれ酷くない!?」

仁美「天誅やね。……ぬっかぁ」


白望「……」

白望「それにしても、誰かさんのせいで」

菫「……誰のことだ」

白望「……」

白望「ヤクザの眼光」

菫「おい」

菫「ヤクザは私じゃなくて辻垣内の方だろう」

智葉「おい」


 一仕事終えた、という表情の弘世菫。

 やれやれと涼しげな顔ながらも、どこか喜色か滲む辻垣内智葉。

 面倒と言いつつも悪くないとは思えているが、やはり面倒だった後で須賀京太郎に胸を押し付けて慌てさせて癒されようという、ぼんやりとした瞳の小瀬川白望。

 右手を扇に顔のあたりを扇ぎつつストローを咥えて眉を潜める江崎仁美。

 放っておけばすぐ猫背気味になりそうな白望の腰を押す鹿倉胡桃に。

 額に貼り付く湿気を手の甲で拭ったのちに、苦笑を浮かべて頬を掻く臼沢塞。

 麻雀部の、実にフルメンバーであるが――――何故彼女たちが揃いも揃って、こうして歩いているかと言えば。


智葉「……サプライズパーティか」

菫「不満だったのか? なら、用意を済ませる前に言ってくれたら……」

智葉「いいや、昔のチームメイトに何度かやられた。……特にメグの奴が、サプライズ・カップヌードル・テマキズシパーティとか」

仁美「……そんパーティ、要素詰め込みすぎやって」

塞「違う意味でサプライズだねー」


智葉「……まぁ、いいんじゃないか。憩の奴はいつまでも笑顔のままだからな」

菫「ああ」

菫「たまにはあいつにも、派手に驚いて貰いたいと思っている。落ち着いて、感情を表にしてもいいと」

菫「どうにも一歩引きぎみな奴だからな、前に出て当事者になってもいい」

智葉「……」

菫「ん、どうした?」

智葉「……いや、部長だな」

菫「?」


 要するに、サプライズ誕生日パーティーである。用意は皆のたまり場、小瀬川白望の下宿。

 広さより何より、単に白望が物臭さがって他に出ないのと、出したら出したで暫く居着かれるからだ。

 菫が一年のときは主に菫が被害に遭い、二年のときは塞が被害に遭い、三年の今は京太郎が一度被害に遭っていた。

 なんでも、起きたら京太郎の枕元にブラが投げ捨てられており仰天し、

 居間に出てみればその床でスカートも脱いでワイシャツ姿になった白望が仰向けに転がっていたとか。しかも帰るのが面倒だから数日は居着く気満々で。

 四年生になったらどうなるのか、考えものだ。


 ……まぁ、とにかくサプライズ誕生日パーティーなのである。

 後は部活に出て暫く麻雀を打ち、極めて自然な流れで小瀬川白望の家に向かい、荒川憩を祝う。

 実に完璧なプランだ。

 なんて考えながら、菫は部室のドアに手を――――


京太郎「うっ……あ、あっ、うあっ、は、ううっ」

憧「おっきい! 京太郎、おっきいってばぁ……!」

憩「体は素直やねーぇ、うんうん」

京太郎「ちょ、ぅぁ、と…………止めっ! 出ちゃいます、出ちゃいますからっ!」

憧「ふきゅっ、にゃっ、だ、だからおっきいんだって京太郎の……! 出さないでよっ! 駄目だからぁ……!」

憩「京くん、相当溜まっとったんやねーぇ。気持ちよくならんと駄目よーぅ」

京太郎「ちょっ、うおっ!? これ、すごっ、すごく熱くてっ、俺、俺……っ!」

憧「駄目だめだめ、駄目だっていってるのよ! 京太郎、止まってよっ! 出さないで、お願いだからぁ……!」

憩「京くん、腰自然に動いとるなーぁ。そんなに気持ちええんー?」

京太郎「本当、やばっ……! 熱くて、止めようとしても……! は、ぁ、うっ、は、あぁっ!?」

憧「もうやめてったらぁ……! あたし、死んじゃうよぉ……! 京太郎のばかぁっ、無理っ、無理ぃ、我慢無理だよぉ……!」


菫「――」

智葉「――」

白望「――」

仁美「――」

塞「――」

胡桃「――」

菫「はっ」

菫「おい、須賀! 憧! 憩! お前ら部室で何をして――――」


 部室の扉を勢いよく開いてみれば、そこに居たのは四つの影。

 新子憧は顔を真っ赤に目を潤ませ、心底羞恥に染まった顔で体育座りをして背中を壁に預けて耳を塞いでいた。

 ちなみに座り方の構造上ショーツが見えた。フリルは淡い色であるが、全体的には何故かどことなくやや色の濃いピンクである。

 須賀京太郎は俯せ、荒川憩に背中に馬乗りになられてこちらも顔を真っ赤にして苦悶の声を漏らしていた。

 荒川憩は須賀京太郎の背中に股がって、彼の太股や脹ら脛に手を伸ばす。

 憩の指先の動きに合わせて京太郎は、堪えきれんとばかりに腰を動かし悶えていた。

 原村和は気にせずパソコンの画面と睨めっこしている。ある意味流石だ。


 ……。

 ……。

 ……。


 ……なるほど、これは。


憧「うぅ……京太郎が変な声ばっかり出し続けるからぁ……声大きいし」


 男が苦手な新子憧には、須賀京太郎の荒い息というのは相当に堪えかねるものだったらしい。

 涙を浮かべて内股ぎみに、居心地が悪そうにしている。


京太郎「昨日実は、フットサルやってて」

憩「あんなぁ、京くんの足カッチカチで……つよーく揉まんと駄目でぇ」


 京太郎の足には乳酸MAX。

 揉みほぐされて血流が良くなり、体温が僅かに高潮しているらしい。

 つまりはただ単に、マッサージをしていただけである。部室で。



仁美「……うん」

仁美「流石は憩やね」

仁美「サプライズパーティーん予定やったけど、逆にうちらがサプライズさせられよったね」


 やかましいわ。


                                     ――了

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最終更新:2014年08月05日 02:26