京太郎(……どうするんだ、これ)


 チケット二枚が手元に。

 学部の友人が彼女と行こう――としてたものらしいけど、こうして今は京太郎の手元にある。売り付けられた。

 彼はその金で、ミルワームを買いに行くらしい。

 二万円のミルワームとか、ゾッとしない。


 ……ちなみに彼がチケットを譲って(有償)くれた理由は、何でも「バイトを当日キャンセルされてサプライズで彼女の家に行った」――だそうだ。

 怖くて、それ以上は聞けなかった……どうしても。

 二万円のミルワーム以上に、ゾッとしない話だ。


京太郎(動物園か……うーん)


 さて、誰を誘うか――という話である。

 ちょっとイマジナリーギミックを働かせてみよう。技術系雀士特有のシミュレーション能力である。


 ――まず、和。


和『動物園……ペンギンはいますか?』

京太郎『あ、ああ! それがさ、ちょっとした水族館もあるヤツでさ――』

和『ありがとうございます。憧と行ってきますね?』

京太郎『えっ』

和『え? ……どうか、しましたか?』

京太郎『い、いやいやいや! 何でもない! 楽しんできてくれよ!』

和『はい。ありがとうございます……お土産、楽しみにしていて下さいね』


 あー。

 うん。

 なりそう……(切実)。

 どうしよう。勝てるイメージが思い浮かばない。


 ――次に、荒川憩。


憩『楽しいなーぁ、京くん』

京太郎『はい、楽しいっスね。こういうのも』

憩『ぽかぽか、いい天気やねー』

憩『お日様も明るくて綺麗やしーぃ』


 お、これはワンチャン……。


京太郎『でも、先輩の方がもっと――』

憩『綺麗って言えばなー、羊の屠殺をする人って綺麗に皮剥くんよーぅ』

憩『あれ、すごいなぁ……可哀想ぅーって思うヒマなく、美味しそうになるんよー?』

京太郎『……アッハイ』

憩『どしたの、京くん?』

京太郎『いや……その、何でもないんで……ハハハ』

憩『? 変な京くん』

京太郎『……』


憩『そういえば兎さんってなーぁ』

京太郎『あ、可愛いですよね……兎』

京太郎(俺は……苦手だけど。胸元ズタズタにされちまったもんなぁ……)

憩『なんか、ち○ち○もげちゃうまで交尾するんやって。激しいなぁ……』

京太郎『……。……アッハイ』


 うん、駄目だ。


 次、小瀬川白望。


白望『……ダルいんだけど』

京太郎『ですよね、はい』

白望『おぶってくれるなら……いいけど』

京太郎『え、いや……うーん』

塞『こーら、シロ!』

胡桃『京太郎に迷惑かけないの!』


 ……多分こうなる。うん。

 間違いなくこうなるが――――じゃあ、二人にそれぞれ声をかけたら?


塞『へー、お姉さんとそんなにデート行きたいのかな?』

京太郎『いや、あの……デートって』


 ああ、なんか凄いニヤニヤ眺められるだろうな。今までから察するに。

 ……なんか、悪意とネタと嫌がらせのない竹井久を相手にしている気分になる。

 竹井久から毒舌と辛辣と突飛さとウエスト回りを抜いて、几帳面さと誠実さとおもちを足した感じ。


 ……それって別物?

 なんだと。

 そうだな。


 辻垣内智葉。


智葉『……動物園?』

智葉『何が楽しいんだ、檻の中の動物なんか観て』

京太郎『……はい』


 これは偏見だけど、あり得なくはなさそう。

 あんまりファンシーなもの好きって感じしないし、どちらかと言うと草原を駆け回る動物とか好きそう。

 駄目だな。


 ……となると、あの小走やえは――。


やえ『ご、ごめんなさいっ。その、わ、私……そういうのはちょっと……』

京太郎『あ、その……すみません』

やえ『……』

京太郎『……』


 あんまり顔を合わせないのに、二人っきりで動物園とか無理だ。

 避けられてる空気あるし、打ち解けないだろうな。

 論外。


 江崎仁美は……。


仁美『別の女ば誘って行けばよかよ。うちは御免やけん』

京太郎『えー』

仁美『そいよい、そん二万円で焼き肉ば食いよる方が良かかて思えるんに……阿呆やね、須賀は』

京太郎『じゃあ……ジンギスカン食べに行きます?』

仁美『ジンギスカンなら、中野の方に旨か店がありよるって聞いとっとね』


 うん、間違いなくプランが別になる。

 しかも多分、ジンギスカン食いに行ったけどまだ店が開いてなくて結局別の店にする感じの。

 で、きっと最終的にファストフード食べながら駄弁ることになる。

 いつも通りのゆるーいノリ。



 ……うーん。


京太郎(……どうするかな、これ)

京太郎(うーん)

京太郎(転売した方がいいのか?)


 鹿倉胡桃なら、或いは喜んでくれそうだが。

 でも、「動物園とか子供っぽいの興味ない!」って言いそうでもあるし。

 となると……。


憧「……」 ソワソワ


 ……やっぱり転売するか。

 割りと値段張るものだったし、ひょっとしたら取り返せるかもしれない。

 元手より増えるんなら、結果として悪い買い物ではない。


憧「……」 チラッチラッ


 何よりもこうして、部活に集中できないというのは非常によろしくないだろう。

 例えば仮に誰かの飲み物が不足した時に補充に行けないし。

 例えば誰かが口寂しそうにしてた時にお茶請けを用意できないし。

 例えば誰かが交代を言い出した――――、じゃなくて!

 少しでも上達しようと彼女達の技術を盗み見てるのに、それができなくなってしまうのだ。


憧「……」 ジーッ


 ……あと。


菫「……おい、須賀」

菫「部活に集中しろ、部活に」


 この部の責任者に怒られる。

 別に思いっきり、高校時代の部活がごとくガッチガチにやらず、緩い賑やかな部活だが……。

 それでも流石に、上の空は不味い。


京太郎「すみません、弘世先輩」

菫「今日は見取りにしたいって言ったのは、お前の方だろう?」

京太郎「はい。……すみません」

菫「まぁ、気を詰めすぎるなと言いたいが……自分で言ったことには、責任を持つんだ」

京太郎「はい」


 辻垣内智葉からの言い付けだ。

 岡目八目という言葉があるように――当事者でないものは、極めて冷静に選択ができる。

 その冷静な状態でできる自分のベストで、人の後ろに――自分より強い人間の後ろに――ついて、打牌を比べる。

 相手が何故そう打ったのかなど、理由を考えて判断を学ぶのだ。

 幸いにして、この部活は技術派の人間が――辻垣内智葉・弘世菫・新子憧・原村和――多いので、京太郎の技術の底上げになる。

 他には、他人の仕草を読むこと。癖を読むこと。動作から心を読むこと。

 まずは身近な人間から、それを行って鍛えていく――とは智葉の言。

 どんな動きのときは、どういうツモなのか――――手牌なのかを、実際に体感して覚えろ彼女は言った。


 取り合えず京太郎の現在の方針は、若干のインファイター。

 原村和のように引き強くない為、ベタオリをしていたら圧倒的に勝てない。完全デジタルの押し引き基準では判定負けする。

 例えば、三向聴でも退けない局がある。例えば、聴牌でも退くべき局がある。


憧「……」 ムー


 高校生の間は、福路美穂子から手解きを受けた対人読みで十分だった。

 わりと皆がアナログ慣れした悪辣さを持たずに素直であり、そして和ほど完全デジタルの冷徹さを持たない。

 ツキと言っても片岡優希のような圧倒的な力はなく、オカルトと言っても宮永咲には及ばない。

 ならば――


憧「……」 ツーン


 麻雀には、『上手い』『下手』がある。

 例えば、押し引きという感覚がなく突き進む奴がいる。

 例えば、押し引きが曖昧でとにかく及び腰な奴がいる。

 少し上には、自分の手牌を見て押し引きをちゃんと判断できる奴がいる。

 その上には、自分の手牌と場を見て押し引きをちゃんと判断できる奴がいる。


 だけれども――――『自分と、場と、押し引きの判断をしている奴を見て押し引きの判断をする』奴は稀。

 更にそこに、心理誘導や対人読みなどの技術を持ち込むのは、男子インターハイでは極めて稀なレベルである。


憧「……」 プイッ


 高目を安手への振込で流される。

 好配牌のツモ番を飛ばされまくる。

 初手から唐突なクソ鳴きが入る。

 親番、他家リーチ中に大明槓が行われる。

 執拗に山越しで狙われる。


 ――――相手の嫌がること、激昂することを敢えて行う。

 ――――そして自分は、勝負手を受けずに回避する。

 ――――怒る相手にカウンターを叩き込み、心理的に揺さぶる。



憧「……」


 そんな、須賀京太郎が彼らの上を行くのは必然である。

 何しろ、その生態系に置いては常識外の異物なのだ。昆虫に変身して戦うルール中に電気鰻が混じるようなもの。

 故に彼は――――男子インターハイで2位となった。

 ……ただし、結局は最終的にはトップに勝ち越せないあたり、麻雀はままならない。

 そこがまた、好きなのだけど。


憧「……」 ムー


 ところがインカレではそうも行かない。

 単純に、大学四年間という――言わば頭脳的には最も延びしろや視野がある時間であるというのもあるし、

 インターハイには参加していなかった、奨励会のユース連中が崩れて入ってきて雪崩れ込むというのもある。

 有名大学進学へと引き換えに、腕を買われる人間もいる。

 つまりは――――まぁ、ここでまた壁にぶつかっていた。

 逆に言えばそれは未熟さの証明であり、延いては成長のチャンスである。

 こうして、頼りになる先輩たちに師事して、麻雀の腕を磨いていた。


憧「……」 チラッ


 という訳で、あんまりこのチケットに悩み過ぎるのは本位ではないのだ。


 なお、ここまでの地の文は菫に注意されてから数分も経っていないものだと注釈させて貰いたいのである。

 いつまで関係ない話まで持ち出して考え込んでいるのだという話である。

 まあ、地の文は地の文であって筆者の説明や心情や回想などが適当に入り雑じっているので、地の文そのものが全て京太郎の思考だと思わないで欲しいのである。

 数分にもならない間に新子憧は百面相しすぎなのである。

 ハーゲンダッツが食べたいのである。



菫「それとも、何かあったのか?」

京太郎「いやー」


 ……あ。


京太郎「動物園のチケットがあるんですけど、行きませんか?」

菫「動物園?」

憧「……っ」 ガタッ


 これ、中々ベストなんじゃないだろうか。

 正直なところ、弘世菫がどんな反応をするのか予想が付かなかった……というのがあるが。

 日頃お世話になっているお礼――になるのか?――のようなものにはなるだろう。多分。

 果たして――。


菫「たまにはいいな」


 意外にも好感触だ。

 動物、好きなのだろうか。

 それとも、気分転換とか。

 どちらにしても、間違いではなかったらしい――。


菫「うん、息抜きになるか」

菫「皆で行くか、動物園に!」


 あー。


京太郎「あの、弘世先輩……」

菫「どうした、須賀」

京太郎「チケット……二枚しかないんですけど」

菫「ん? 向こうで残りを買えばいいんじゃないのか?」

京太郎「それが……中々高くて、しかも結構な人気で」


 だからこそ、こうも悩んでいるのである。

 おいそれと手に入るなら、京太郎も「誰を誘うか」なんて考えずに、部活の皆で行くのを提案するつもりだったのだ。

 そんな事情で、弘世菫の優しさや思い遣りは――残念ながら却下されてしまうことになった。実に申し訳ない。


菫「そうなのか……」

京太郎「なんですよね……だから、悩んでた訳で」

菫「二人限定だとな……しかも値が張って、手に入りづらいとしたらなんだか勿体ない」

京太郎「そうなんスよ」

菫「うーん、私はいいな。そこまで興味がある訳じゃないんだ……勿体ない気がする」

京太郎「じゃあ――」


憧「……」 ソワソワ


京太郎「売っちゃいますか、ネットオークションかなんかで」

菫「……いいのか?」

京太郎「俺もそんなに興味がある、って訳じゃないから……だったら欲しい人に行った方がいい気がして」

菫「確かに」

京太郎「正直、このまま持っててもいらないから……売って、皆で夕飯でも――――」


 その方がよっぽど、生きたものの使い方である。動物園のチケットだけに。

 隣町の警邏より、近所の極道だ。

 結局部活の皆は、それほど動物園には興味はないだろうし――



憧「まずッ! ここにッ! 一人ッ! いるわよッ!」



 テンションたけーな、オイ。



憧「あんた、あたしが動物好きなの知ってるでしょ!?」

憧「なのに、目の前で誰も要らなさそうだから処分するとか、どうでもいいとか……」

憧「何よ、それ」

憧「あーあー、それともあたしとは行きたくないとか? 誘うまでもないとか? 考えるまでもないとか?」

憧「へー、そーなの。ふーん」

京太郎「何怒ってんだよ……」

憧「べーつーにー? 怒ってなんかないわよ?」

京太郎「いや、どう考えても……」

憧「怒ってないわよ! 怒ってなんか!」


 怒ってますよ、コレェ。

 確かに、気持ちは判る。

 例えば――ジョジョの奇妙な冒険、荒木飛呂彦とのお食事券が当たったとしよう。

 その持ち主が、「やっべ、ジョジョとか超興味ねーし……これ、ネットで転売しねえ?」とか、「その金で皆でお食事しようぜ! そのための券だ!」とか、

 そんなことを目の前で言い出されたらどうする? 最高にキレちまうよ。

 だから、『ブッ殺した』なら使っていいッ!


 ……そんな心境なのだろう。怒るのも無理ない。

 ただ――


憧「ただ、結構前から顔合わせてるのに薄情な奴って思っただけだから」

京太郎「いや……」

憧「事実でしょ?」

憧「麻雀の面倒見てあげてるのに、あたしのこととか忘れちゃってるじゃない」

憧「まぁ、別に構わないけど。……京太郎が薄情ものってだけなんだから」

京太郎「いや、知ってるし……忘れてないって」

憧「……じゃあ、なんでよ」


京太郎「いや、この間猫カフェ行ったよな?」

京太郎「そのとき、憧が――」




憧『うぅぅぅう、ぅぅぅう』 ウズウズ

京太郎『……え、どうした?』

憧『猫ちゃんのことをモフりたくてモフりたくて仕方がないけど、でもそんなことしたら猫ちゃんに嫌われちゃうし!』

憧『こんな大人数を一日に何度も相手にしなきゃいけない猫ちゃんにストレス与えたくないし!』

憧『でも思いっきり抱きついて、かいぐりかいぐりしたいって気持ちがなんで判んないのよ!』 クワッ

京太郎『いや、判らないだろ……それ』

憧『京太郎、あんた人間の心ないの……?』

京太郎『なんで猫カフェの過ごし方一つで、極悪人扱いされんだよ……』


憧『あー、中々来てくれない……なんでだろ?』

京太郎『邪念強いからかもなー』

京太郎『というか、もう普通に触ってもいいんじゃねーの? 料金分なら、少しは平気じゃないのか?』

憧『膝の上に猫侍らせたあんたに言われたくない!』 フシャァァア

京太郎『なあ、それ、猫が……』

憧『……あ』

憧『ご、ごめんね! ごめん、猫ちゃん!』

京太郎(……誰これ)


京太郎『おわっ、お、おいっ……こいつ人懐っこいな』

京太郎『おい、駄目だって……こらこら、ははっ』

憧『……』 ジー

京太郎『……』

憧『……』 ジー

京太郎『……憧さん?』

憧『……なによ』

京太郎『なんか、お前目が怖いって……あんま睨むなよ』

憧『べーつーにー』

憧『あんまり乗り気じゃなかった癖に猫に纏わり付かれて、あまつさえ集られて、猫ちゃんとチューしてるアンタの事なんて見てないから』

京太郎『いや、見てるよな……?』

憧『……はぁ』


憧『なんであたしじゃなくて京太郎の方に……』

京太郎『なんで、って言われてもな……』

憧『あの根っころがったときのスラッとしながらふっくらした背中から腰のカーブのよさとか!』

憧『落ち着いて手を畳んでるときの、モフっとしながらスベスベしてる手の甲とか!』

憧『顎の下撫でたときに、寸詰まって髭が立つときの口許の可愛さとか! 意外とジョリジョリしてる口許の感覚とか!』

憧『興味ない振りして寝っ転がってるのに耳だけちょっと動いたり! 噂されたときに「構ってもいいのよ」って尻尾パタパタ動かすとことか!』

憧『思いっきり頬擦りしたときに嫌がって突っ張る体の可愛さとか! 擦り寄って来たあとに触ろうとしたらされる猫パンチとか!』

憧『にゃんこの可愛さ、全然判ってないじゃない! 全然判ってないでしょーが!』

京太郎『あ、ああ……』


憧『……なんでかアンタ、動物に好かれるよね』

京太郎『そうかぁ?』

憧『……あと、小さい子にも』

京太郎『………………………………はい?』

憧『この間もそうじゃない。あたしが席外したら、中学生くらいの子にデレデレしちゃって……!』

京太郎『いや、してねーから』

憧『してたわよ』

京太郎『してないって! あれは、自転車倒しちゃったのを直すの手伝ってただけだからな?』

憧『……ふん。そのわりに、楽しそうに話してたじゃない。メアドとか教えて』

京太郎『いや……あれは向こうがどうしてもって』

憧『……まったく、中学生相手とか。なに考えてるのよ』

憧『犯罪でしょ、犯罪』

京太郎『あのなぁ……あれは』

憧『うっさい。ばーか』

京太郎(長くなりそうだったから、憧を待たせないように……って思ったんだけど。駄目か、やっぱり?)


憧(……あたしと遊びに行ってるのに、デレデレしちゃって。本当、信じらんない!)

憧(――――って、別に京太郎の事なんてどうでもいいんだから! こいつが何しようと知ったことじゃないわよ!)

憧(た、ただコイツが中学生に手を出す犯罪者になったら困るだけ! それだけなんだから!)

憧(……そう、それだけ! それだけなんだからっ!)

京太郎(すげー顰めっ面)

京太郎(絶対機嫌悪くなってるよな、これ…………猫触れてないからなぁ)

京太郎(そりゃ確かに俺もカピが別の奴になついてたら、嫌だから……猫が俺の方ばっかりにくるのはなー)

京太郎(よし)


京太郎『ごめんなー、ちょっとあのお姉ちゃんの方に行ってくれるかー?』

憧『京太郎?』

京太郎『服、毛とかついても大丈夫なのか?』

憧『……だったら猫カフェに来てない』

京太郎『……だよな』

京太郎『よっ、っと。……ほら』

憧『……ありがと』

憧『あー、にゃんこ可愛いっ。可愛――』

憧(あれ、この子さっき京太郎にちゅーしてたし……………………、な、舐められたら間接キス!?)

憧(しょ、ひょっ、ひょんなっ!? あ、あたし別に京太郎のことなんとも思ってないし別にどうでもいいし何でもないから間接キスとかぜぜぜぜぜぜんぜん気にしないけどっ)

憧(で、でもそれでこの子が今度京太郎のとこに戻って舐めちゃったりしたらそれって――――べべべべ別に猫なんだから仕方ないし気にしないけどっ)

憧(で、でもひょっとしたらひょっとするかもしれないし、もし万が一違うとことか――――――)

憧『ふきゅっ』

京太郎『……あ、逃げた』


京太郎『……何やってんだ、憧』

憧『う、うっさいわよ! ばか! 人でなし!』

京太郎『アッハイ』

憧『……うー』

憧『……』

憧『……全然来てくれない』

京太郎『……あー』

京太郎『俺、ちょっとトイレ』

憧『あ、いってらっしゃい』

京太郎(……これで、俺じゃなくて憧の方に行くよな?)

憧(……よし)

憧(敗けっぱなしとかあたしらしくないし、にゃんこ触りたいから本気出す!)

憧(ふふふ……阿知賀の動物博士・新子憧をなめるんじゃないわよっ!)


憧(うん、他のお客さんがいなくてよかった)

憧(大学生だと、平日昼間からでも遊べるから……なんだかお得な気分)

憧(さて、京太郎曰く邪念が強いから――――だから、敵意のないポーズして)

憧(目線を合わせたら猫は緊張するから、目線は合わせない!)

憧(……なんでこの店にこんなのあるの? 趣味なの? ……それとも猫には意外に好評?)

憧(まぁ、形からでも……いっか)

憧(あとは、敵意がないって――仲間アピールをして)


憧『ね、ほら……あたしと遊ばない?』

京太郎『お待た………………え?』

憧『へっ』


 仰向けになった新子憧。

 淡ピンクのロングパーカーの裾が床に花開き、裏地が覗く。

 胸元のさっぱりした、紺とグレーのボーダーキャミソール。裾には申し訳程度のフリル。鎖骨が見える。

 パステルカラーの、ピンクベージュのスカートからは白い太股が二本。やっぱり気持ち末端がフリル地。


 ……さて。

 じりじりと躙り寄ったためか服装は乱れ、膝が立てられたその白い太股が露になり、ちょっぴり臍も覗いている。

 そして極めつけは――何をどう思ったのかは知らないが、猫耳カチューシャだ。

 憧の桃色がかった茶髪のそこにちょこんと、ビロード風に光を放つ黒い猫耳が覗いている。


京太郎『……』

憧『……』

京太郎『……あー』

憧『あ、あああああ、ああああああああああああああああああああ――――――!?』




京太郎「――――ってのがあって、『もうアンタと動物関連は絶対に行かないんだからッ!』って言っただろ?」

京太郎「だから、動物園とかモロだよな……って」

菫「……」

智葉「……」

仁美「……」

塞「……」

胡桃「……」

憩「……あはは」

白望「……ダル」

和「……」 カチカチ ロンッ!

京太郎「え? 何? どうしたんですか?」


 何この空気。


京太郎「え、だって言ったよな? 憧が自分で」

京太郎「だから俺、ちゃんと覚えてたんだけど……え、なんかマズかった?」

京太郎「だって、俺と動物関係行っても楽しめないっつってたよな? え?」

憧「……べーつーにー」

京太郎「あ」

京太郎「ならチケット渡すから……憧が誰か誘って行けばいいよな! ほら、これなら――」

憧「――ああ、確かに言ったわよ! あたしがそう言いました! 悪かったわね!」

憧「フン、だからいいわよ! はいはい、要りません! 結構です!」

憧「チケットも要らないわよ、そんなの!」

京太郎「お前、何怒って……」

憧「怒ってなんかないっ! このヘタレ! 金髪チャラ男! デリカシーゼロのバカ男!」

京太郎「は? どうしたんだよ、いきなり……」

憧「うっさい! このバカ金髪! すけべ! ニヤニヤニヤニヤ女の子眺めて情けないバカ! ヘタレへぼ!」

京太郎「……っ」


京太郎「あのなぁ!」

憧「なによ!」

京太郎「お前こそなんだよ!」

憧「あんたこそなんなのよ!」


憩「また始まったなぁー……」

仁美「こりもせんでよーやるもんやね」

智葉「……はぁ」

塞「うーん、この……」

胡桃「……」

塞「……胡桃?」

胡桃「……なんでもない」

和「……」 カチカチ ツモッ

白望「……眠い」

菫「……」


憧「なんでそんな前のどうでもいいことまで覚えてるのよ!」

京太郎「覚えてなかったらなかったで、お前怒るだろ。この間だってネックレスがなんだ――って」

憧「それとこれとは別でしょ! 細かいとこうだうだと女々しい癖に、デリカシーゼロなんだから!」

京太郎「……っ」 カチン

京太郎「うるせえ、この内弁慶の猫被り! 外でもそうやってろよ!」

憧「はぁぁああ!?」

京太郎「なんだよ!」

憧「なによ!」


菫「……須賀、憧」

憧「この間だってあたしがコーヒー苦手なの忘れて、喫茶店でブラック飲ませるし!」

京太郎「あれはお前も嫌がってなかっただろ!」

憧「勧めてくれたあんたの手前、『飲まない』とか『不味い』とか言える訳ないでしょ!」

京太郎「そんなの、言わなきゃ判らないだろ!」

憧「無駄に細かいとこに目やってる癖に、あんたチグハグすぎ! このヘタレ鈍感残念男!」

京太郎「はぁあああ!?」


菫「……おい、なあ」

憧「やるなって言ってるのに、勝手に気を回して皆のお茶淹れるし! なのに肝心なとこ気が利かなくてズレてるし!」

憧「なんなのよ、バカ!」

京太郎「お前が判りにく過ぎるんだろ!」

憧「あんたがズレてるだけ! あたし以外にもそうでしょ!」

憧「だから、気が利くけど気が利かないとか! 残念イケメンとか言われるのよ!」

京太郎「うるせえ、見た目だけギャル!」

憧「はぁぁぁあ!?」

憧「言ったわね、京太郎……!」

京太郎「元はと言えばそっちからだからな……!」



菫「――――おい!」



憧「……っ」

京太郎「……っ」

菫「……流石にいい加減にしろ。部活中だ」

菫「憧、気持ちは判るがな……今のはお前から須賀を煽りすぎだ。落ち着け」

憧「……はい」

菫「須賀、お前は……もっとお前も落ち着け。普段通りのお前はどうした?」

京太郎「……はい、すみません」

菫「お前ら、売り言葉に買い言葉が激しすぎるんだよ」

憧「……ごめんなさい」

京太郎「……すみませんでした」


菫「で、このチケットは私が預かる」

憧「……」

京太郎「……」

菫「そこで部長命令だけどな――――二人で行ってこい」

憧「えっ」

京太郎「へっ」

菫「なんだ?」

京太郎「いや、だって憧には俺と行く気はないって……」

菫「……はぁ」


菫「前ダメだったから、だろう?」

京太郎「はい」

菫「だったら、今度で挽回しろ。いつまでもダメダメ言われ続けたくないだろう?」

京太郎「……はい」

菫「憧もそれでいいな? 動物好きなら、つまらないことに拘るな。折角のチケットなんだから」

憧「……はい」

菫「じゃあ、行ってこい」


京太郎「あー、行くか」

憧「……ちゃんとエスコートしてよね、京太郎」

京太郎「お任せください、お姫様……ってな」

憧「……この格好つけ」

京太郎「そうかぁ?」

憧「……ばーか」



菫「……ふう」

菫「仲直りに――という訳じゃないが、二人で遊びに行けばなんとかなるだろう」

仁美(……逆に拗れるのもあり得なくもなかな話やけどな)

憩「流石は部長さんやねーぇ、お見事お見事ー」

菫「……まあな」

菫「まったく……あの二人は、それぞれは落ち着いて普段も仲は悪くないのにな」

菫「なんでなんだ?」

智葉「……」

仁美「……」

憩「……たはは」

和「……」 カチカチ リーチ!


菫「これで……一件落着だな」

菫「あ、白望。須賀は今日遅くなるかもしれないから、私たちが夕飯作りにいくからな?」

白望「んー………………了解」

白望「それにしても」

菫「ん?」


白望「無事に場を納めるなんて、流石はPAD長」

仁美「よ、格好よかとね、PAD長」

智葉「頑張ったな、PAD長」

白望「大岡越前PAD長」

仁美「名裁判官PAD長」

智葉「完全で瀟洒なPAD長」


菫「PADに言及する必要がどこにある――――ッ!?」



 そのあと京太郎と憧は、動物ふれあいコーナーを堪能したり、電気鰻の発電の仕組みについて話したらしい。

 こうしてこの星に、またひとつ名裁き(produced by PAD)が誕生した。


                                       ――了

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最終更新:2014年05月10日 16:21